解雇予告手当とは|計算方法・支給上の注意点【弁護士が詳しく解説】
目次
解雇予告手当とは
「解雇予告手当(かいこよこくてあて)」とは、雇い主が従業員を解雇する際に、従業員に対して解雇予告を行う代わりに支払うお金のことをいいます。
労働基準法のことばの紹介
解雇予告手当は、「労働基準法」という法律で定められた制度です。
労働基準法の中で使われている法律用語は少しわかりにくいので、まずは用語を整理しておきます。
用語 | 意味 |
---|---|
使用者 | 雇い主のことです。 会社などの法人はもちろん、個人でも、人を雇っているのであれば使用者になります。 |
労働者 | 会社や個人に雇われて仕事をし、その仕事に対してお金をもらう人たちのことです。 例えば、会社員とか従業員などは労働者です。 アルバイトやパートの方も労働者に該当します。 |
賃金(ちんぎん) | 使用者が労働者に対して支払う給料のことです。 |
労働契約 | 使用者と労働者の間に存在する、労働の条件(賃金、勤務時間、仕事の内容、仕事の場所など)を定めた契約のことです。 一般的には、使用者が労働者を雇った時(つまり入社の時)に紙や電子ファイルで労働契約書を作成します。 ただし、紙や電子ファイルがない場合(例えば、口頭で「雇います」「お願いします」と言った場合など)でも、労働契約は存在します。 |
解雇(かいこ) | 解雇とは、使用者だけの意思決定で(つまり労働者の意思とは関係なく)労働契約を終わらせることをいいます。一般に「クビ」と言われるものです。 いわゆる「リストラ」も解雇の一例であることがあります。 ※これに対し、労働者だけの意思決定で労働契約を終わらせることは一般に「自主退職」と呼ばれます。会社員が退職届を出して会社を辞めることは、自主退職の一例といえます。 ※また、使用者と労働者がお互いに合意して労働契約を終わらせる形もあります。この場合は「合意退職」などと呼ばれることがあります。企業が行う早期退職者の募集などは、合意退職によって行われることが多いです。 |
「解雇予告手当」とは?ーもう少し詳しく!
さて、以上のような労働基準法の言葉を前提に、もういちど「解雇予告手当」について詳しく説明していきます。
まず「解雇」とは、上記のとおり、使用者の意思決定だけで労働契約を終わらせることです。
ただし、使用者は、いつでも労働者を解雇できるわけではありません。
使用者が労働者を解雇するときは、解雇する日の30日前までに、労働者に対して「あなたを〇月〇日付けで解雇しますよ」と伝えなければなりません(労働基準法20条)。
このように、使用者が労働者に対して解雇することを事前に通知することを「解雇予告」といいます。
労働者にとって、いきなり「今日付けで解雇します」などと言われるのは不利益があまりに大きいため、労働基準法で「解雇予告」という制度が設けられているのです。
しかし、じつは使用者が「解雇予告」をしなくてよい方法があります。
それが「解雇予告手当」です。
使用者は、30日分以上の平均賃金(ざっくりいうと30日分の給料に相当するお金のことです)を労働者に対して支払えば、労働者に対して解雇予告をする必要はありません。
つまり、使用者は、「解雇予告手当」として30日分以上の平均賃金を労働者に支払えば、解雇の予告をせずに「今日付で解雇です」ということができるのです。
この「解雇予告手当」は、通常の給料にプラスして支払う必要がありますので注意してください。
以上をまとめると、使用者が労働者を解雇しようとするときは、
- ① 解雇する日の30日前までに労働者に対して解雇の予告をする
- ② 解雇の予告はしないが、その代わりに解雇予告手当(30日分以上の給料)を払う
この①か②のどちらかを必ず行う必要がある、ということです。
①も②もしないまま労働者を解雇すると、使用者は法令違反をしたことになってしまいます。
引用元:e-gov法令検索|労働基準法
この記事では、会社が労働者を解雇する際の注意点として、解雇予告手当について解説をしています。
しかし、企業が労働者を解雇する際に注意すべきポイントは、解雇予告手当だけではありません。
じつは、ほかにも重要なポイントがあります。
解雇予告手当を支払うだけ(あるいは解雇予告をするだけ)では、使用者が労働者を有効に解雇することはできません。
使用者が労働者を解雇するためには、法律上、さまざまな高いハードルをクリアする必要があるとされているのです。
この記事では使用者が労働者を解雇するために必要な条件のすべてを解説することはできませんが、代わりに日本の労働法制の基本スタンスをご紹介します。
労働法制の基本スタンスを知っておくことで、日々の企業活動の中で発生しうる労働問題へのリスク対処に役立つはずです。
古い時代の日本の法律の考え方では、使用者・労働者どちらも、いつでも好きなタイミングで自由に雇用契約をやめることができ、相手に「もう雇用契約を終わりにします」と伝えればその2週間後に雇用契約が終わる、というのが原則ルールになっていました。
しかし、現実社会では、使用者の意思決定だけで労働契約を終わらせることを自由に認めると、労働者がたいへん困ってしまいます。
なぜなら、労働者にとって、仕事をして使用者からもらう賃金は生活に必要な収入源だからです。
使用者(会社)から解雇されてしまうと、労働者は生活のための収入源を失うことになりますから、生活がとても不安定になってしまうのです。
特に、使用者が自分勝手な理由や不合理な理由で労働者を自由に解雇することを認めると、労働者が安定した生活を送ることは難しくなります。
このような理由で、現在の日本の労働法制では、労働者を守るために多くのルールが作られています。
(この記事のテーマである「解雇予告手当」も、労働者を守るために作られた労働法制ルールのひとつだといえます。)
つまり、一言でいうと、日本の労働法制は、労働者にかなり優しいルールになっており、「労働者を守る」ことが現在の労働法制の基本スタンスなのです。
このような基本スタンスを反映して、現在の日本の労働法制のもとでは、使用者が労働者を自由に解雇することはできません。
使用者が労働者を解雇するためには、法律上、解雇予告や解雇予告手当だけではなく、さまざまな厳しい条件をクリアする必要があります。
使用者である企業としては、このような日本の労働法制の基本スタンスを理解しておくことが大切です。
「会社の方が従業員より立場が強いから大丈夫だろう」とか「従業員ひとりでは何もできないだろう」などと思い込んで、安易に従業員を解雇することは、訴訟リスクや損害賠償リスクにつながる可能性があります。
労働者は労働法制によって守られているからです。
もし、自社で解雇に関連する事例が発生した場合には、労働法に詳しい弁護士に相談してアドバイスを受けることをお勧めします。
解雇についてのその他のポイントはこちらのウェブページにまとめています。ぜひあわせてお読みください。
「解雇予告」と「解雇予告手当」の違いを正しく理解しよう!
「解雇予告」と「解雇予告手当」は、言葉は似ていますが、じつはまったく別の意味を持っています。
上記で解説しましたように、使用者が労働者を解雇しようとするときは、次の①か②のどちらかを必ず行う必要があります。
- ① 解雇する日の30日前までに労働者に対して解雇の予告(事前通知)をする
- ② 解雇の予告はしないが、その代わりに解雇予告手当(30日分以上の給料)を払う
「解雇予告」とは、①の解雇の予告(事前通知)のことをいいます。
また、「解雇予告手当」とは、②のことで、解雇予告をしない代わりに使用者が労働者に対して支払うお金のことをいいます。
つまり「解雇予告手当」は「解雇予告の代わりに支払う手当(お金)」のことを意味しているのです。
以下では、「解雇予告」と「解雇予告手当」のそれぞれについて、使用者が注意すべきポイントを解説していきます。
解雇予告のポイントー労働者への伝え方|解雇予告はいつどのようにして伝える?
解雇予告を伝える時期
解雇予告は、解雇する日の30日前までに行うのが原則です。
日本の法律には、一般ルールとして、日数をカウントするときは最初の日をカウントしないという原則(初日不算入の原則)がありますので注意しましょう。
例えば、労働者を解雇する日を5月31日とします。解雇予告を5月15日に行ったとすると、日数のカウントには最初の日を入れませんから、5月16日を1日目としてカウントします。5月16日を1日目としてカウントすると、5月31日までの日数は16日間です。
したがって、この場合は、解雇日である5月31日に対して、16日前に解雇予告を行ったことになります。
この初日不算入のルールに基づくと、労働者を5月31日に解雇する場合、30日前までに解雇予告をするためには、5月1日に解雇予告をしておく必要があります。
なお、解雇予告は解雇する日の30日前「まで」にすればよいので、30日前よりも早めに解雇予告をしておくことも可能です。
使用者が労働者を解雇しようとする場合に、30日前までに解雇予告をすることをうっかり忘れてしまったので、あわてて解雇日の20日前などに解雇予告をしたとします。
このような解雇予告に意味はあるでしょうか。
じつは、解雇日の30日前を過ぎてしまっても、解雇予告をすることには意味があります。
なぜなら、労働基準法のルールでは、解雇予告と解雇予告手当を併用することも可能だからです。
詳しくは後のワンポイントで解説しますので、ぜひそちらをご覧ください。
解雇予告の方法
解雇予告は、使用者から労働者に対し、解雇する日をはっきりと示して「この日に解雇する」と伝えることによって行います。
労働基準法のルールでは、解雇予告を労働者に伝える方法はとくに決まっていません。
したがって、手紙を送る、メールを送る、SNSで伝える、口頭で伝えるなど、どのような方法でも解雇予告をすることができます。
ただ、企業を運営していく上では、「使用者が労働者にきちんと解雇予告をした」というはっきりした証拠が残る方法で行うことが大切です。
証拠を残すことが紛争リスクを減らすことにつながるからです。
例えば、口頭で解雇予告を伝えるだけで済ませると、使用者が労働者に対してきちんと解雇予告をしたという証拠が残りませんから、あとで「言った、言わない」の水かけ論になる可能性があります。
解雇予告をしたというはっきりした証拠を残すためには、解雇予告を書面で行うことが確実です。
当事務所が作成した「解雇予告通知」のフォーマットをご紹介しますので、ぜひご活用ください。
使用者が解雇予告を手紙やメールで行う場合、使用者が解雇予告を発信・発送したタイミングと、労働者が解雇予告を受け取ったタイミングがずれることがあります。
例えば、手紙の場合、使用者が労働者に対して6月1日に解雇予告の手紙を投函し、その手紙が労働者のところに6月2日に届く、ということがあり得ます。
このような場合、解雇予告をした日は6月1日と6月2日のどちらになるのでしょうか。
法律のルールでは、労働者が予告通知を受け取ったとき、つまり6月2日が解雇予告の行われた日になります。(これを法律用語で「到達主義」といいます。)
したがって、使用者が解雇予告を手紙で出すときは、その手紙がいつ労働者のもとに届いたかを確認できるよう、配達記録や書留など、配達状況を追跡できる方法を用いましょう。
電子メールで解雇予告が行われた場合も「到達主義」の考え方を使います。
この場合には、メールが労働者のメールアカウントの受信ボックスに届いた時点で解雇予告が行われたことになります。
解雇予告手当のポイントー解雇予告手当はどんな場合に支払う必要がある?
労働基準法のルールでは、使用者が労働者を解雇するときは、次の2つのオプションのうち、どちらかを必ず選ばなければなりません。
- ① 解雇する日の30日前までに労働者に対して解雇の予告をする
- ② 解雇の予告はしないが、その代わりに解雇予告手当(30日分以上の給料に相当する金額)を払う
使用者が解雇予告手当を支払う必要があるのは、②を選んだ場合になります。
①も②もどちらも選ばないということは基本的にはできませんので注意しましょう。
ワンポイントー「解雇の予告」と「解雇予告手当の支払い」のハイブリッドもOK
原則ルールは上記のとおり①「30日前までの解雇予告」または②「30日分以上の給料に相当する金額の解雇予告手当を支払う」の2択ですが、労働基準法のルールでは、「解雇予告」と「解雇予告手当の支払い」のハイブリッドの形も認められています。
例えば、会社が20日後に労働者を解雇しようとするときは、
- 解雇予告を解雇日の20日前に行い、これに加えて
- 10日分の給料に相当する金額の解雇予告手当を支払う
という方法をとっても構いません。
原則ルールでは解雇予告は解雇日の30日前までに行うことになっていますが、20日前に解雇予告を行った場合には、原則ルールの30日に10日足りない計算になりますので、その10日分について解雇予告手当を支払う、というイメージになります。
解雇の予告も解雇予告手当の支払いもしなくてよい場合
ここまで解説しましたように、使用者が労働者を解雇しようとするときは、原則として、①30日前までの解雇予告、または②30日分以上の給料に相当する金額の解雇予告手当を支払う、のどちらかを選ばなければなりません。
しかし、例外的に、この①も②もどちらもしなくてよい場合があります。
ある一定の状況(シチュエーション)のもとでは、解雇予告も解雇予告手当も必要ありません。
その状況とは、次の(a)か(b)のどちらかの場合です。
- (a) 災害などやむを得ない事情が発生し、それによって使用者の事業そのものが続けられなくなったために労働者を解雇する場合
- (b) 労働者に責任のある重大・悪質な理由によってその労働者を解雇する場合
(a)は、大災害で会社の設備が壊滅的な打撃を受けたため、会社として事業を続けることができなくなったような場合です。
(b)は、例えば、労働者が無断で長期欠勤し、会社が出勤するよう促してもなお出勤しない、などの場合が考えられます。
このような場合には、①解雇予告も②解雇予告手当の支払いも必要ありません。
したがって、使用者は、解雇予告手当を支払うことなく「本日付で解雇」という形をとることができます。
ただし、このように(a)または(b)のシチュエーションがあることを理由に、①解雇予告も②解雇予告手当の支払いもせずに労働者を解雇するためには、事前に労働基準監督署に申請して、認定を受けなければなりません(労働基準法20条3項)。
使用者の勝手な判断で「この従業員は(b)に該当するから解雇の予告も解雇予告手当もなしで解雇しよう」とすることはできないのです。
この認定を受けるためには、管轄の労働基準監督署に申請書を提出する必要があります。
認定の詳しい内容については、厚生労働省がわかりやすい資料を公表しています。申請書の書き方も例もありますので、こちらもあわせてご覧ください。
次の(i)から(iv)までのどれかのカテゴリにあてはまる労働者に対しては、会社が解雇しようとする場合でも、①解雇予告も②解雇予告手当の支払いも必要ありません(労働基準法21条)。
- (i) 1日単位で雇用する労働者(いわゆる日雇労働者)
- (ii) 労働契約で決めた雇用期間が2か月以内である労働者
- (iii) 季節的業務で働く労働者で、労働契約で決めた雇用期間が4か月以内である者
- (iv) 試用期間中の労働者
ただし、(iv)の試用期間中の労働者については、働き始めた日からカウントして14日以上働いた場合には、例外から外れます。(註1)
例えば、あなたの会社がある労働者を試用期間3か月の条件で採用し、その方が4月1日から働き始めたとします。
この場合、その労働者が4月14日まで働けば、(まだ試用期間中ではありますが)解雇の予告・解雇予告手当の例外から外れます。
したがって、その労働者を解雇しようとするときは、(試用期間中ではありますが)原則ルールにもどって、①解雇予告をするか、②解雇予告手当の支払いをする、ということが必要になります。
※註1:上記(i)から(iv)にはそのほかの例外パターンがあります。詳しくは労働基準法21条をご確認ください。
参考:労働基準法|法令検索
解雇予告手当の計算方法(月給制の正社員の場合)
さて、ここまで、解雇予告手当の金額はざっくり「30日分の給料に相当する金額」と説明してきました。(※解雇の予告と解雇予告手当のハイブリッドな形をとる場合は、30日分ではなくもっと短い日数になります。)
この章では、解雇予告手当の金額の正確な計算方法を解説いたします。
解雇予告手当の金額の基本的な計算式は、次のとおりです。
この式の中の「日数」は、解雇の予告をしないときは30日になります。(労働基準法の規定では30日分「以上」となっていますが、30日として問題ありません。)
解雇の予告と解雇予告手当のハイブリッドな形をとるときは、この「日数」は、30日から解雇の予告を解雇の何日前にしたか、その日数を引きます。
例えば、解雇の予告を解雇日の11日前にしたのであれば、解雇予告手当の金額の算定に使う「日数」は30日 – 11日 = 19日ということになります。
※解雇の日より30日以上前に解雇の予告をした場合は、上記で説明しましたように、使用者は労働者に対して解雇予告手当を支払う必要はありませんから、この計算をする必要はありません。
「平均賃金」とは何か?どうやって計算する?
上記の解雇予告手当の金額の式には、「平均賃金」という言葉が出てきます。
「平均賃金」と聞くと、「みんなの賃金(給料)の平均値かな」と思ってしまいがちですが、そうではありません。
じつは、労働基準法における「平均賃金」は、法律によって特別に定義を与えられた専門用語なので、直感的にイメージする「平均」とは異なっています。
労働基準法における「平均賃金」は、労働者ひとりひとりについて個別に算定するものであり、「この労働者は最近、使用者から1日あたり何円のお金を受け取っていたか」を表すものです。
法律で定められた「平均賃金」の計算式は、次のとおりです。
少し複雑になりますが、この式の中の㋐と㋑について詳しく解説していきます。
ここでは、労働者の賃金がいわゆる月給制をとっているケースを想定して説明します。(アルバイト・パートなど日給制や月給制の労働者の場合は後の部分で説明します。)
「直近の3か月」は、じつは難しい概念です。
まず、「直近」とは、解雇日から近い月から始めて、順に過去にさかのぼっていく、ということです。(解雇予告と解雇予告手当のハイブリッドの場合は、解雇予告をした日ではなく、実際にその労働者が解雇になる日を「解雇日」と考えます。)
例えば、解雇日が5月31日の場合は、解雇日にいちばん近い月から過去に向かって5月、4月、3月、2月・・・とさかのぼっていきます。
次に「3か月」とは、一般的な月給制をとっている会社の場合は、給与の計算期間で考えます。
すなわち、ある会社が給与の計算期間を「毎月21日から翌月20日まで」と定めていたとしましょう。
そうすると、この会社の給与の計算期間は、例えば、1月21日から2月20日まで、2月21日から3月20日まで、3月21日から4月20日まで、4月21日から5月20日まで・・・となっているでしょう。
「3か月」を考えるときは、この給与の計算期間を使って考えます。給与の計算期間が3か月分ということです。
以上を組み合わせて考えると、「直近の3か月間」とは、「解雇日から過去にさかのぼっていちばん近い3か月分の給与の計算期間」ということになります。
例えば、ある労働者を5月31日を解雇日として解雇する場合、「平均賃金」の算定式で用いる「直近の3か月」は、次のとおりです。
さて、上記で「直近の3か月」がわかりましたので、次はこの「直近の3か月」間に「労働者に支払われた賃金の総額」を考えます。
「労働者に支払われた賃金の総額」は、次のものをすべて含めた合計額になります。
- 基本給
- 通勤手当、皆勤手当、家族手当、資格手当、住宅手当などの諸手当
- 時間外手当(残業代)
これらの金額をすべて合計したもの(ただし、税金の源泉徴収や社会保険料などの控除をする前の金額 = 総支給額)が「労働者に支払われた賃金の総額」となります。
次に、「平均賃金」の計算式の中の「その3か月の日数」の数え方です。
上記の表の㋑の「その3か月の日数」とは、上記で解説した「直近の3か月」の中の日数です。
1か月あたりの日数は月によって違います。
例えば1月は31日、2月はうるう年以外は28日、3月は31日、4月は30日・・・というように、1か月に含まれている日数が違います。
このため、「直近の3か月」の中に含まれる日数も、時期によって違ってくるのです。
例えば、2月16日から3月16日までは28日間ですが、8月16日から9月16日までは31日間です。
労働基準法における「平均賃金」は、「この労働者は最近、使用者から1日あたり何円のお金を受け取っていたか」を表すものですから、「1日あたり」の金額を出すために、「直近の3か月」の中に含まれている日数を考えるのです。
以上を前提に、実際に平均賃金を計算してみましょう。
X株式会社は、解雇予告をすることなく、10月25日付で労働者A氏を解雇することにしました。
X株式会社では、月額給与の締め日は毎月15日(つまり、給与計算期間は毎月16日から翌月15日まで)としていました。
A氏の基本給は月額32万円です。
X株式会社は、基本給のほか、A氏に毎月1万5000円の通勤手当を支給しています。
また、A氏には、8月16日から9月15日までの給与計算期間に3万円分の残業代が発生していたとしましょう。
この場合の「平均賃金」の計算は、上記で解説した「直近3か月」と「労働者に支払われた賃金の総額」の考え方に沿って、次のようになります。
解雇日 | 「直近3ヵ月」の給与計算期間 | 「労働者に支払われた賃金の総額」 | ㋐直近3か月間に労働者に支払われた賃金の総額 | 各給与計算期間の日数 | ㋑直近3か月の日数 | 平均賃金 ㋐ ÷ ㋑ |
10月25日 | 7月16日〜8月15日 | 33万5000円 (内訳) ・基本給32万円 ・通勤手当1万5000円 |
103万5000円 | 31日 | 92日 | 1万1250円 (103万5000円÷92日) |
8月16日〜9月15日 | 36万5000円 (内訳) ・基本給32万円 ・通勤手当1万5000円 ・残業代3万円 |
31日 | ||||
9月16日〜10月15日 | 33万5000円 (内訳) ・基本給32万円 ・通勤手当1万5000円 |
30日 |
これで、この例における「平均賃金」の金額が1万1250円とわかりました。
「平均賃金」を使って解雇予告手当の金額を計算する!
最後に、この「平均賃金」を使って解雇予告手当の金額を求めましょう。
解雇予告手当の金額の基本的な計算式は、次のとおりでした。
この式の中の「日数」は、解雇の予告をしないときは30日になります。
解雇予告と解雇予告手当のハイブリッドの方法を使うときは、より少ない日数になります(例えば、解雇予告手当を解雇日の20日前までにする場合は、解雇予告手当は10日分の平均賃金になります)。
上記のX株式会社の例ですと、解雇予告をしない場合、解雇予告手当の金額は30日分の平均賃金になりますから、解雇予告手当の金額は1万1250円×30=33万7500円となります。
解雇予告手当の計算方法(時給制や日給制の労働者の場合)
上記では、月給制の正社員を解雇する場合の解雇予告手当の金額の計算方法を解説しました。
しかし、働き方のスタイルには様々な種類がありますから、必ずしもすべての労働者が月給制の正社員ではありません。
じつは、解雇予告手当の計算方法は、労働者の働き方のスタイルによって変わります。
なぜなら、労働者の働き方のスタイルによって「平均賃金」の考え方が異なるからです。
時給制や日給制の労働者の解雇にあたっては、「平均賃金」の計算を以下の方法で行う必要があります。
「平均賃金」の考え方ー時給制や日給制の労働者の場合
パートやアルバイトの労働者の賃金は、一般に、月給制ではなく時給や日給で計算されることが多いと思われます。
時給や日給で賃金を計算する労働者の「平均賃金」については、
- ① 月給制の労働者と同じ方法で計算した金額
- ② 解雇日の直近3か月に支払われた賃金総額を、その3か月間に労働者が実際に働いた日数で割り、それに0.6をかけた金額
の2つのパターンを計算し、これらを比較して、どちらか多い方の金額を「平均賃金」にすることになっています。
②の例として、例えば時給制のアルバイト労働者を解雇する場合を考えましょう。
解雇日の直近3か月にそのアルバイト労働者に支払った賃金総額が30万円であり、そのアルバイト労働者が実際に働いた日(いわゆるシフトに入った日)がその3か月の中で30日間だったとすると、②の金額は、30万円 ÷ 30日 × 0.6 = 6000円となります。
時給制や日給制の労働者については、こうして計算した②の金額を、①の金額(月給制と同じ方法で計算した金額)と比較し、どちらか多い方の金額を平均賃金とします。
上記のように、解雇予告手当の金額は、まず「平均賃金」というものを計算し、その「平均賃金」の金額を使って解雇予告手当の金額を算定する、という形になっています。
じつは、この「平均賃金」は、解雇予告手当の金額を計算する場合だけに使われるものではありません。
「平均賃金」は、日本の労働法制の中でさまざまな場面で使われます。以下は「平均賃金」が用いられる例です。
- 解雇予告手当の金額の計算
- 休業手当の金額の計算
- 有給休暇に対して支払う給与の額の算定(ただし、就業規則の定めによって異なる)
- 労働災害の補償額の算定(いわゆる労災の場合に支払われる金額の決定)
解雇予告手当の支払い時期
使用者が解雇予告手当を支払う場合、いつまでに支払うことが必要でしょうか。
厚生労働省の資料によれば、解雇予告手当の支払い時期は次のとおりとなっています。
- 解雇予告をしないで即時に解雇する場合:解雇と同時に支払う
- 解雇予告と解雇予告手当のハイブリッド(併用)の場合:解雇の日までに支払う
すなわち、厚生労働省の考え方によれば、遅くても解雇の日までには解雇予告手当を支払う必要がある、ということになります。
実際には、解雇予告手当を最後の給料と同時に支払うという扱いをしている企業も多いようです。
そのような場合には、解雇予告手当の支払いが解雇の後になってしまうこともあります。
しかし、使用者の立場からは、厚生労働省が上記のとおりの見解を公表していることや、解雇の事例は紛争化しやすい(労働審判や裁判になりやすい)ことを考えると、解雇をするにあたっては使用者側の落ち度になりそうな材料をできるだけ少なくしておくべきです。
できる限り、厚生労働省の見解に沿って解雇予告手当を支払うようにするのが無難だといえるでしょう。
解雇予告手当には所得税がかかる?源泉徴収について
解雇予告手当は、給与所得ではなく退職所得に分類されます。
したがって、使用者が労働者の解雇に際して解雇予告手当を支払った場合は、退職金と同様の扱いで、所得税の源泉徴収を行う必要があります。(ただし、社会保険料の控除対象にはなりません。)
解雇予告や解雇予告手当の支払いをしなかった場合ー違反した場合のリスク
使用者が、解雇予告や解雇予告手当の支払いをしなければならないのに、これらをせずに労働者を解雇すると、どのようなリスクがあるでしょうか。
解雇予告や解雇予告手当が必要だったのにこれらをしなかった場合は、使用者が労働基準法に違反したことになります。
使用者が違反した場合には、次のようなリスクが考えられます。
訴訟・労働審判のリスク
解雇した労働者から、解雇予告手当を支払うよう求める訴訟や労働審判が起こされるリスクがあります。
訴訟や労働審判が起こされた場合、もちろん敗訴するリスクもありますが、それに加えて、訴訟や労働審判に対応するだけでもかなりの手間と時間がかかることがあります。
付加金のリスク
使用者が解雇予告・解雇予告手当のルールに違反した場合、労働者は、使用者に対して、本来もらえるはずだった解雇予告手当の金額に加えて、これと同額の「付加金」の支払いを請求することができます(労働基準法114条)。
「付加金」とは、いわば、労働者がもらえる解雇予告手当の金額が2倍になるボーナスのことです。
使用者としては、きちんと解雇予告手当を支払わなかった場合、解雇予告手当の金額が2倍になるリスクがある、ということになります。
ただし、この「付加金」の制度は、労働者が訴訟を起こした場合だけに適用されるルールです。
訴訟以外の方法で紛争が解決された場合には、「付加金」の制度はありません。
労働審判では労働者から付加金を請求されることがありますが、労働審判では認められないと考えられています。
また、使用者が、解雇予告や解雇予告手当の支払いをしなければならないのに、これらをせずに労働者を解雇した場合には、次のような刑事罰のリスクも考えられます。
刑事罰のリスク
使用者が解雇予告・解雇予告手当のルールに違反した場合には、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金の刑が科される可能性があります(労働基準法119条1項)。
参考資料:労働基準法|e-gov法令検索
働き方改革が進んでいる日本では、解雇予告・解雇予告手当のルールに限らず、企業が労働基準法に違反した場合のリスクは一般的に想像よりも大きくなりがちです。
企業活動を行う中で、やむを得ず従業員を解雇しようとする場合には、リスクを避けるため、労働法に詳しい弁護士にアドバイスを求めることもよい方法です。
まとめ
- 使用者とは人を雇っている企業(法人や個人)
- 労働者とは使用者に雇われて仕事をし、給料をもらう人
- パートやアルバイトも、雇われて仕事をし、給料をもらっているなら労働者
- 解雇=使用者だけの意思決定で労働者をやめさせること
- 労働者を解雇する場合、使用者は①30日前までの解雇予告、②30日分の平均賃金の解雇予告手当の支払い、のどちらかを行わなければならない
- ①も②もしなくてよい場合があるが、事前に労働基準監督署の認定が必要なことも
- 解雇予告と解雇予告手当を組み合わせて使うハイブリッドな方法もOK
- 解雇予告をするときは証拠の残る方法で。弁護士の作成した解雇予告通知のフォーマットを使うことも有効
- 解雇予告手当の金額の計算は「平均賃金」の計算からスタート
- 「平均賃金」の計算には、解雇日から過去にさかのぼっていちばん近い3か月分の給与計算期間を使う
- 時給制・日給制の労働者の「平均賃金」の求め方は月給制の労働者とは異なる
- 解雇予告手当は解雇の日までに支払おう
- 解雇予告手当は退職所得として処理
- 解雇予告・解雇予告手当のルールに違反すると訴訟・労働審判リスク、付加金リスク、刑事罰のリスクなどがあり得る
- 労働法違反のリスクは思ったより大きくなりがち。判断に迷ったときは労働法に詳しい弁護士に相談を
以上、この記事の情報が解雇予告手当について悩む企業のお役に立つと幸いです。

弁護士法人デイライト法律事務所 北九州オフィス所長、パートナー弁護士
所属 / 福岡県弁護士会
保有資格 / 弁護士・入国管理局申請取次者
専門領域 / 法人分野:労務問題、外国人雇用トラブル、景品表示法問題 注力業種:小売業関連 個人分野:交通事故問題
実績紹介 / 福岡県屈指の弁護士数を誇るデイライト法律事務所のパートナー弁護士であり、北九州オフィスの所長を務める。労働問題を中心に、多くの企業の顧問弁護士としてビジネスのサポートを行っている。労働問題以外には、商標や景表法をめぐる問題や顧客のクレーム対応に積極的に取り組んでいる。
