出向とは?派遣との違いやデメリット|弁護士が解説
出向とは、従業員が元の会社との雇用契約を維持したまま、一定期間、別の会社で業務に従事する制度を指します。
企業経営において、人材の有効活用や組織間の連携強化を図るため、出向という制度が活用されています。
出向は、単なる人事異動ではありません。
出向は、複数の企業間で人材を移動させる仕組みであり、従業員のキャリア形成や企業間の関係強化など、さまざまな目的で実施されます。
しかし、出向を命じられた従業員にとっては、勤務環境や業務内容の変化に戸惑うことがあるかもしれません。
出向の機会を活かすためには、従業員自身が、出向の基礎知識を身につけておくことが重要です。
また、会社側にとっても、出向の意味や法的な位置づけを正しく理解しておくことで、トラブルの防止や人材活用の最適化につながります。
この記事では、出向について、出向の意味や目的、派遣や転籍との違い、出向による影響、メリット・デメリット、注意すべき点などを、弁護士が解説します。
目次
出向とは?
出向とは、従業員が元の会社との雇用契約を維持したまま、一定期間、別の会社で業務に従事する制度を指します。
出向制度の正確な理解は、企業の人事担当者はもちろん、出向を命じられた従業員自身にとっても、重要です。
ここでは、出向の基本的な意味から、なぜ企業が出向という制度を活用するのか、また似たような制度である派遣や転籍との違いなどについて、解説します。
出向の意味
出向とは、企業(出向元)が、従業員との雇用関係を維持したまま、一定期間、関連会社や取引先などの別の企業(出向先)で働かせる制度です。
出向の特徴は、出向元との雇用関係を維持したまま、出向先の指揮命令下で働くという、二重の関係性が生じることです。
出向は、元の会社を退社するわけではなく、社員としての地位が残ることから、「在籍型出向」とも呼ばれます。
出向期間は、数か月から数年と幅広く、期間満了後は通常、出向元企業に戻ることが前提となっています。
出向は、主に企業グループ内や関連会社間で行われることが多く、企業の経営戦略や人材活用の一環として実施されます。
日本の企業社会では、特に企業グループ内での人材交流や技術伝承の手段として、出向が広く活用されてきました。
なぜ会社は出向させる?出向の目的
会社が従業員を出向させる目的は、多岐にわたります。
出向は、企業の経営戦略上重要な役割を果たしており、状況や業種によって、その目的もさまざまです。
人材の有効活用
出向の主な目的のひとつは、人材を最適に配置することです。
たとえば、特定の部署で余剰となった人材を、人手不足の関連会社に出向させることで、グループ全体として人材を効率的に活用することができます。
特に、専門的なスキルを持つ人材や経験豊富な管理職などは、必要とされる場所で活躍することで、その能力を最大限に発揮することができます。
また、時期によって繁閑の差がある業種では、繁忙期と閑散期が異なる関連企業間で人材を融通し合うことも可能になります。
グループ企業間の連携強化
親会社から子会社への出向は、グループ全体の一体感を醸成し、経営方針やビジョンを浸透させる効果があります。
特に、買収などで新たにグループ入りした会社に対しては、親会社から管理職や幹部社員を出向させることで、スムーズな統合を図ることができます。
従業員のキャリア開発と人材育成
出向は、従業員にとって、新たな環境で多様な経験を積む貴重な機会となります。
特に、若手社員や中堅社員にとっては、出向先での経験が、自身のキャリア形成において重要な転機となることもあります。
異なる企業文化や業務プロセスに触れることで、視野が広がり、柔軟な思考力や適応力が養われます。
また、将来の幹部候補生に対して、グループ企業での実務経験を積ませることで、経営者としての視点や判断力を育成する狙いもあります。
新規事業の立ち上げや技術移転
新会社の設立や新規事業の開始にあたっては、経験者の存在が成功の鍵を握ります。
既存の事業で培ったノウハウや技術を新たな分野に展開するため、核となる人材を出向させることは、効果的な人事戦略です。
また、海外進出の際には、本社のビジネスモデルや企業文化を現地に伝えるため、本社から社員を出向させることも多いです。
雇用調整としての側面
景気悪化や事業縮小の際に、解雇を避けるための手段として、出向が活用されることもあります。
日本企業においては、終身雇用の慣行から、解雇よりも出向という形で雇用を維持しようとする傾向があります。
親会社が経営不振に陥った場合、子会社や関連会社に一時的に人材を出向させることで、人件費の負担を軽減することができます。
たとえば、近年のコロナ禍に伴うロックダウンや営業自粛などにより、一時的に事業活動が制限され、雇用に余剰が生じた業種も多く見られました。
その対応として、たとえば飲食業や観光業などで余剰となった人材を、他業種の企業へ一時的に出向させる「コロナ出向」の取り組みが広がりました。
これにより、雇用を維持しつつ、人材の有効活用が図られた事例も多く見られます。
このように、出向にはさまざまな目的があり、企業はそれぞれの状況に応じた最適な形で、出向制度を活用しています。
出向と派遣との違い
出向と派遣は、いずれも労働者が本来の雇用主とは異なる場所で働く形態ですが、法的性質や実務上の取り扱いに大きな違いがあります。
出向の場合、従業員は出向元企業との雇用関係を維持したまま、出向先企業との間にも新たな労働関係が生じます。
一方、派遣は「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」(労働者派遣法)に基づく制度で、派遣会社(派遣元)と雇用契約を結んだ労働者が、派遣先企業の指揮命令下で働く形態です。
出向では、基本的に出向元企業が給与を支払いますが、派遣の場合は派遣会社が給与を支払います。
出向は、企業グループ内や取引関係のある企業間で行われることが多いのに対し、派遣は専門の派遣会社が事業として行うビジネスモデルの一種です。
出向は、人材育成や組織間連携などの、経営戦略上の目的で行われることが多いです。
他方で、派遣は、主に人材の流動的な活用や専門スキルの一時的な調達を目的としています。
このように、似たような制度でありながら、出向と派遣は法的枠組みも目的も大きく異なるものです。
出向と転籍との違い
出向と転籍は、いずれも従業員が別の会社で働くことになる人事上の措置ですが、法的な位置づけが根本的に異なります。
出向の場合、従業員は出向元企業との雇用関係を維持したまま、一定期間だけ出向先企業で働きます。
これに対して、転籍は、元の会社との雇用関係を完全に終了させ、新たな会社との間で新規に雇用契約を結ぶものです。
出向では、出向期間が終了すれば元の会社に戻ることが前提となっていますが、転籍では、基本的に元の会社に戻ることは想定されていません。
労働条件については、出向では出向元の労働条件が維持されることが多いのに対し、転籍では転籍先の労働条件が適用されるのが基本となります。
退職金や年金などの処理も異なり、出向では通算して計算されることが多いですが、転籍では清算されることが一般的です。
以上のように、出向と転籍は外見上似ていても、雇用関係が継続するかという点で根本的に性質が異なるものです。
出向や転籍など、配転問題についての詳しい解説は、以下のページをご覧ください。
出向と左遷との違い
出向と左遷は、いずれも従業員の配置変更を伴う人事措置ですが、その性質と目的に大きな違いがあります。
左遷とは、従業員を以前より低い地位や待遇の職位に異動させる人事上の措置を指す俗称です。
出向は、企業の経営戦略や人材育成などの、積極的な目的で行われることが多いです。
これに対し、左遷は、一般的に従業員の評価が低下した結果として行われる人事措置という側面があります。
左遷という制度があるわけではなく、通常は配置転換(配転)の一形態として扱われます。
出向は複数の企業間で人材が移動するのに対し、左遷は同一企業内での異動である点も大きく異なります。
出向が適正に行われる場合、従業員のキャリア形成にプラスとなることもあります。
左遷は多くの場合、従業員にとって不利益な意味合いで受け止められます。
ただし、出向が懲罰的な目的で行われる場合、実質的には左遷と同様の効果を持つこともあります。
このような場合には、違法な行為として法的に問題となる可能性もあります。
このように、出向と左遷は、形式的にも目的の面でも異なる人事措置であるといえます。
出向と配転との違い
出向と配転は、いずれも従業員の勤務場所や職務内容を変更する人事措置ですが、その性質に違いがあります。
配転とは「配置転換」のことであり、同一企業内で従業員の勤務場所や職務内容を変更することを指します。
最も本質的な違いは、出向が複数の企業間での人材移動であるのに対し、配転は同一企業内での異動である点です。
出向では出向先企業との間に新たな労働関係が生じますが、配転では雇用主は変わらず、単に職場や業務内容が変わるだけの一般的な人事異動です。
配転は企業内の人事権の行使として比較的広く認められていますが、出向については従業員の同意や就業規則等での規定が重視される傾向があります。
配転では通常、給与体系や福利厚生などの基本的な労働条件に大きな変更はありませんが、出向では出向先での処遇が問題となることがあります。
このように、出向と配転は人事措置としての目的や効果に共通点がありつつも、法的性質や実務上の取り扱いに違いがあります。
出向するとどうなる?
出向を命じられた従業員は、勤務環境だけでなく、法的な立場や労働条件にも変化が生じます。
ここでは、出向によって従業員の立場がどのように変わるのか、具体的な影響について詳しく解説します。
①指揮監督関係の変更
出向によって生じる大きな変化の一つが、日常の業務における指揮監督関係です。
出向前は出向元企業の上司から指示を受けていた従業員が、出向後は、出向先企業の上司からの指示に従うことになります。
このような形の出向を、「在籍型出向」といいます。
在籍型出向では、出向元企業との雇用関係を維持したまま、出向先企業との間にも新たな労働関係が発生します。
在籍型出向では二重の雇用関係が生じますが、日常の業務指示や勤怠管理などは、基本的に出向先企業が行います。
出向先企業の就業規則や職場ルールに従う必要があり、業務時間や休憩時間、休日などについても、出向先のルールが適用されます。
このように、出向によって、従業員は二つの企業との関係を持つことになり、両社の規則や方針に配慮しながら業務を遂行することが求められます。
②給与の支払元
出向における給与の支払いは、基本的に出向元企業が行うのが一般的なパターンです。
出向の形態によっては、出向先企業が給与の一部または全部を負担するケースもあります。
ただし、その場合でも、従業員への支払いは出向元企業を通じて行われることが多いです。
出向に伴い、基本給や諸手当に変更が生じることもあります。
特に、勤務地手当や職責手当などは、出向先での役職や勤務地に応じて調整されることがあります。
賞与(ボーナス)については、出向元企業の規定に基づいて支給されるのが一般的ですが、出向先企業の業績評価が反映される場合もあります。
退職金の計算においては、出向期間も出向元企業での勤続年数としてカウントされるのが通常です。
ただし、長期にわたる出向や海外出向などの場合は、特別な給与体系が適用されることもあります。
出向辞令を受ける際に、給与条件を確認することが重要です。
③出向先での役職と権限
出向先での役職や権限は、出向の目的や出向者の経歴、出向先企業の組織構造などによって大きく異なります。
管理職として出向する場合は、一般的には出向先でも同等のポジションに就くことが多いですが、必ずしも出向元と同じ役職が保障されるわけではありません。
親会社から子会社への出向の場合では、出向者は子会社の経営管理や技術指導などを担当するため、出向元よりも高い役職に就くケースも少なくありません。
反対に、雇用調整を目的とした出向では、出向元での役職よりも低い地位に置かれることもあります。
出向先での決裁権限は、出向先企業の規定に従うことになります。
出向元での権限がそのまま引き継がれるわけではない点に、注意が必要です。
役職に伴う手当については、出向先での役職に応じて支給されることもあれば、出向元の役職に基づいて維持されることもあります。
④勤務地と労働時間
出向では、勤務先が変わるのに伴って、勤務地や労働時間にも変化が生じます。
出向先企業が遠方にある場合には、引っ越しを伴うこともあります。
労働時間については、基本的に出向先企業の就業時間に従うことになります。
出向元と出向先で、始業・終業時間や休憩時間が異なる場合、生活リズムの調整が必要です。
残業や休日出勤についても、出向先企業の方針や業務状況に従うことになります。
フレックスタイム制や裁量労働制など、勤務時間の管理についても、出向先の制度が適用されることになります。
出向によって通勤時間が大幅に変わる場合、ワークライフバランスに影響を及ぼすこともあります。
⑤出向終了後の処遇
出向期間が終了した後、どのような処遇を受けるのかという点も重要な問題です。
基本的には、出向元企業に復帰して元の部署や類似の部署で勤務することになりますが、必ずしも出向前と同じポジションに戻れるわけではありません。
出向期間中に出向元企業で組織再編や人事異動があった場合、復帰後の配属先が大きく変わることもあります。
出向での経験やスキルを活かせる部署への配属が理想的ですが、必ずしもそうならない場合もあります。
出向終了後のキャリアパスについても、出向前に出向元企業と十分に話し合っておくことで、不安を軽減することができます。
出向命令を拒否できる?
出向は企業にとって重要な人事施策である一方、従業員にとっては生活やキャリアに大きな影響を与える可能性のある人事異動です。
では、会社から出向を命じられた場合、従業員はそれを拒否することができるのでしょうか。
出向命令の拒否を考えるにあたっては、出向命令の法的根拠と、その有効性を判断する基準を理解することが重要です。
出向の法的な根拠
出向に関する直接的な法律規定は少なく、主に判例や労働契約、就業規則に基づいて判断されます。
労働契約法では、合理的な労働条件が定められた就業規則が労働者に周知されていれば、その内容が労働契約の条件となるとされています(労働契約法7条)。
ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
つまり、就業規則に出向に関する規定があり、それが合理的なものであれば、出向命令の法的根拠となり得ます。
ただし、出向命令の根拠がある場合でも、その必要性や人選の合理性がない場合は、出向命令は権利濫用として無効になることがあります。
第十四条 使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。
このように、出向命令の法的根拠は主に就業規則や労働契約にあり、その有効性は合理性や信義則に基づいて判断されます。
出向の拒否についての裁判例
川崎製鉄事件
川崎製鉄事件は、経営困難に伴う工場閉鎖を背景に、鉄鋼メーカーから子会社への出向命令を受けた従業員らが、その無効確認を求めた事案です。
この事案では、業務上の必要性を欠く場合や、労働条件が著しく劣悪になる場合、人選に合理性がない場合など、人事権の濫用と判断される場合には出向命令が無効になることが示されました。
ただし、事案としては、権利濫用に該当せず出向命令は有効と判断されました。
参考判例:大阪高判平成12年7月27日|全国労働基準関係団体連合会
日本ステンレス事件
この事件では、子会社への出向命令を出したことに対し、複数の従業員が異議を唱えました。
その中で、原告の1人は、寝たきりの重度障害を抱える両親の介護を担っていることから出向命令を拒否しました。
会社はこれを業務命令拒否とみなし、原告を懲戒解雇しました。
裁判所は、労働者に介護という重大な家庭的事情があるのに、会社が人選・命令発令にあたりそれを十分に考慮しておらず、人事権の濫用として出向命令を無効と判断しました。
これらの事例から、出向命令には法的根拠や合理性が求められ、会社側の人事権が無制限に認められるわけではないことが分かります。
特に、出向の必要性が認められない場合や、従業員の個別事情が十分に考慮されていない場合などには、出向命令が権利濫用として無効と判断される可能性があります。
したがって、出向命令が常に有効となるわけではなく、状況によっては無効となる場合があります。
参考判例:新潟地判昭和61年10月31日|全国労働基準関係団体連合会
どのような場合に拒否できるか
以上の法的根拠や裁判例を踏まえると、従業員が出向命令を拒否できる可能性がある場合としては、以下のようなケースが考えられます。
まず、就業規則や労働契約に出向に関する規定がない場合は、原則として労働者の同意が必要となります。
また、出向先での労働条件が著しく不利益なものである場合、大幅な給与減額や職位の著しい低下を伴う出向などは、拒否できる可能性があります。
出向に伴う転居が必要となる場合で、家族の介護や子どもの教育など特別な事情がある場合は、その事情を考慮した判断がなされることがあります。
さらに、出向の目的が懲罰的なものであったり、嫌がらせ目的であったりする場合は、権利濫用として無効となる可能性が高まります。
出向命令の目的が明らかに合理性を欠く場合、たとえば経営上の必要性がないにもかかわらず特定の従業員だけを出向させるような場合は、拒否の理由となり得ます。
出向先での業務内容が、従業員の能力や経験と著しくかけ離れている場合も、拒否の理由として成り立つ可能性があります。
ただし、これらの事情があっても、常に出向命令を拒否できるとは限らず、個別の事案ごとに総合的な判断がなされることになります。
出向命令を拒否する場合の手順
出向命令に不満や疑問がある場合、まずは会社と話し合いの場を持つことが重要です。
具体的には、出向の目的や期間、出向先での業務内容や労働条件などについて、詳細な説明を求めましょう。
特に、配慮が必要な家庭事情や健康上の理由がある場合は、その旨を具体的に説明し、代替案を提案することも検討すべきです。
労働組合がある場合は、組合を通じて交渉することも効果的な方法です。
それでも解決しない場合は、労働基準監督署や労働局の総合労働相談コーナーなどで相談することができます。
ただし、出向命令が適法であるにもかかわらず、これに従わなかった場合、懲戒処分や解雇の対象となる可能性があるため、慎重な対応が必要です。
法的な対応を検討する場合は、早い段階で、労働問題に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。
労働問題における弁護士選びの重要性については、以下のページをご覧ください。
出向の企業のメリットとデメリット
出向制度は、企業にとって多様な効果をもたらす一方で、いくつかの課題も抱えています。
ここでは、出向が企業側にもたらすメリットとデメリットについて詳しく解説します。
企業が出向制度を効果的に活用するためには、これらのメリットとデメリットを正確に理解し、バランスの取れた人事施策として運用することが重要です。
メリット
人材の有効活用
企業グループ全体の視点から見ると、人材を最適に配置することは重要な経営課題です。
特定の部署で余剰となった人材を、人手不足の関連会社や部門に出向させることで、グループ全体として、人材を効率的に活用することができます。
特に、専門的なスキルを持つ人材や、経験豊富な管理職などは、適材適所で活躍することで、その能力を存分に発揮することができます。
また、季節的な繁閑の差がある業種では、繁忙期と閑散期が異なる関連企業間で人材を融通し合うことも可能になります。
グループ経営の強化
親会社から子会社へ管理職や幹部を出向させることで、グループ全体の経営方針やビジョンの浸透を図れます。
また、グループ企業間の連携強化にも役立ち、事業シナジーを高めることができます。
グループ企業間の事業連携を強化するために、連絡役として社員を出向させるケースも見られます。
人材育成の促進
従業員に多様な職場経験を積ませることで、視野の拡大や能力開発を促進できます。
特に、将来の経営幹部候補には、グループ内の様々な事業や職種を経験させることで、総合的な判断力や経営感覚を養うことができます。
異なる企業文化や業務プロセスに触れることで、従業員の適応力や問題解決能力の向上も期待できます。
若手社員にとっては、早い段階で多様な経験を積むことで、キャリア形成の選択肢が広がるメリットもあります。
技術やノウハウの移転
新規事業の立ち上げや技術移転の際に、経験豊富な人材を出向させることで、技術やノウハウを効率的に伝承することができます。
特に、海外進出の際には、本社のビジネスモデルや企業文化を現地に浸透させるために、出向が効果的です。
マニュアルだけでは伝えきれない経験やスキルを、人を介して直接伝えることができるのは、大きな利点です。
また、研究開発部門での技術交流や、生産部門での製造ノウハウの共有にも、出向が活用されています。
雇用調整の柔軟性
経済状況の変化に応じて、グループ内で人材を融通することで、解雇を回避しつつ、人件費の調整が可能になります。
特に、日本的雇用慣行のもとでは、終身雇用を維持しながら経営の柔軟性を確保する手段として、出向が活用されてきました。
親会社が経営不振に陥った場合、子会社や関連会社に一時的に人材を出向させることで、人件費の負担を軽減することができます。
たとえば、コロナ禍では、航空業界や旅行業界などで余剰となった人材を、物流業界や小売業界など、人手不足の業種へ出向させる動きが活発化しました。
景気回復後は出向者を呼び戻すことができるため、景気変動に対する柔軟な対応が可能になります。
デメリット
人事管理の複雑化
出向者の評価や処遇に関して、出向元と出向先の間で調整が必要となり、人事管理が煩雑になりがちです。
特に、出向者が多い場合、人事部門の業務負担が増加します。
出向者の評価基準や報告ラインが不明確だと、適切な人事評価が難しくなることもあります。
出向先からの評価を、どのように出向元の人事制度に反映させるかという調整も必要となります。
モチベーション低下のリスク
出向を左遷や降格と捉える従業員もおり、特に出向の意図や目的が不明確な場合は、モチベーションの低下につながることがあります。
キャリアパスが不透明になることへの不安も、従業員の士気に影響を与える可能性があります。
出向者の不満が高まると、優秀な人材の流出につながるリスクもあります。
そのようなことがないよう、出向の目的や意義、期待される役割を事前に丁寧に説明し、出向者本人や周囲の社員に対して十分なコミュニケーションを図ることが重要です。
また、出向者のキャリア支援や定期的なフォロー面談を実施し、不安や不満を早期に把握・解消する体制を整えることで、モチベーション低下や誤解の拡大を防ぐことができます。
費用負担の問題
出向者の給与や社会保険料、住居手当などの費用を、出向元と出向先のどちらが負担するかという調整が必要になります。
場合によっては、二重コストが発生したり、企業間の費用分担交渉が複雑化したりすることもあります。
出向に伴う引っ越し費用や赴任手当なども、企業にとって追加的なコスト要因となり得ます。
情報漏洩や技術流出のリスク
競合他社や取引先への出向の場合、企業の機密情報や技術ノウハウが、意図せず流出するリスクがあります。
出向者が出向先で得た情報を、出向元に持ち帰る際の情報管理も課題となります。
秘密保持契約を締結していても、日常業務の中での情報共有は避けられない面があります。
特に、研究開発部門からの出向の場合、技術情報の管理には特別な注意が必要です。
法的リスク
出向命令の有効性をめぐるトラブルや、出向先での労働条件に関する紛争など、労務トラブルに発展するリスクがあります。
出向条件が労働契約法や就業規則に抵触する場合、法的な責任を問われるリスクもあります。
特に、出向者の選定や出向条件に不公平感がある場合、出向の有効性をめぐって法的紛争に発展する可能性もあります。
そのほかにも、出向先での事故やハラスメントなどのトラブルに対する責任の所在なども、問題となることがあります。
出向の従業員のメリットとデメリット
出向は、企業側だけでなく、出向を命じられる従業員自身にとってもさまざまな影響をもたらします。
ここでは、従業員の視点から見た出向のメリットとデメリットについて解説します。
メリット
多様な職場経験
出向によって、異なる企業文化や業務プロセスに触れることで、視野が広がり、適応力や問題解決能力が向上することが期待できます。
特に、若手社員にとっては、早い段階で多様な経験を積むことで、キャリア形成の選択肢が広がります。
一つの企業だけでは経験できない業種や職種に携わることで、職業人としての幅を広げることができます。
新たなスキルや知識の習得
出向先での業務を通じて、これまでとは異なる専門知識や技術を身につけることができます。
出向元企業では経験できなかった業界や職種に携わることで、市場価値の高いスキルを獲得できる可能性があります。
特に、先端技術や新しいビジネスモデルに触れる機会は、自己成長にとって貴重な経験となります。
出向先で習得したスキルや知識は、出向元に戻った後も活かすことができる財産となります。
人脈の拡大
出向先での人間関係を構築することで、業界内のネットワークが広がります。
こうした人脈は、将来のキャリア展開や業務上の連携において貴重な財産となります。
業界を超えた人脈形成は、将来の転職や独立の際にも役立つ可能性があります。
キャリアアップの機会
親会社から子会社への出向の場合、出向元よりも高いポジションや責任ある立場を任されることがあります。
若いうちから経営層に近い視点で業務に携わる経験は、将来の幹部候補としての成長に役立ちます。
出向先で新たな役割や責任を担うことで、リーダーシップやマネジメント能力を磨く機会が得られます。
自分の能力や適性を試す機会となり、キャリアの方向性を見直すきっかけにもなるでしょう。
雇用の安定性確保
会社の経営状況が厳しい時期に行われる出向は、解雇を回避しながら雇用を維持する手段となります。
景気変動に左右されず、長期的な雇用を確保できる点は、従業員にとって大きなメリットと言えるでしょう。
特に、不況時には、出向により雇用が守られることで、生活の安定が保たれます。
出向期間中も給与や社会保険などの基本的な処遇が維持されることで、経済的な安心感を得られます。
デメリット
生活環境の変化による負担
遠隔地への出向の場合、転居を伴うことが多く、家族との別居や子どもの教育環境の変化など、プライベートな生活に大きな影響を与えることがあります。
家族の理解が得られない場合、精神的なストレスの原因となることもあります。
通勤時間の変化や生活リズムの変更を強いられることで、ワークライフバランスが崩れる可能性もあります。
特に、介護や育児などの家庭事情がある場合、出向による生活環境の変化は深刻な問題となり得ます。
キャリアパスの不透明化
出向中は、出向元企業でキャリアを積む機会から離れることになり、「出向して戻ると出世コースから外れる」という不安を感じる従業員も少なくありません。
特に、長期間の出向の場合、出向元企業での存在感が薄れることによるキャリアへの影響が懸念されます。
出向後のポジションや役割が不明確な場合、将来のキャリアに対する不安が生じます。
労働条件の変化と不利益
出向に伴い、勤務時間や通勤時間、残業の量などが変わることがあり、ワークライフバランスに影響を与える可能性があります。
場合によっては、手当の減少や福利厚生の低下など、処遇面での不利益が生じることもあります。
出向先での役職や責任が出向元よりも低い場合、モチベーションの低下につながることがあります。
特に海外出向の場合、生活コストの増加や健康面でのリスクなど、追加的な負担が生じることもあります。
出向させるときに企業が注意すべきこと
出向制度を効果的に運用するためには、企業側がさまざまな点に注意を払う必要があります。
ここでは、出向制度の運用において企業が注意すべき点について解説します。
不適切な出向制度の運用は労務トラブルの原因となり得るため、十分な配慮が必要です。
就業規則や労働契約への規定
出向制度を円滑に運用するためには、まず法的根拠を明確にしておくことが重要です。
出向に関する規定を就業規則に明記することで、出向命令の法的根拠を確保することができます。
就業規則には、出向の目的、対象者の範囲、期間、出向先での労働条件、出向終了後の取り扱いなどの基本的な事項を、具体的に規定しておくべきです。
特に、出向先での賃金や労働時間、福利厚生などの労働条件についての取り扱いを明確にしておくことが重要です。
労働契約書や雇用条件通知書にも出向に関する事項を記載しておくことで、後のトラブル防止につながります。
出向規定を設ける際には、企業の実情に合わせつつも、従業員にとって過度に不利益とならないよう配慮することが大切です。
出向の目的と必要性の明確化
出向を実施する際には、その目的と必要性を明確にし、対象となる従業員に対して十分に説明することが重要です。
なぜ出向が必要なのか、会社や従業員にとってどのようなメリットがあるのか、などを具体的に説明することで、従業員の理解と協力を得やすくなります。
出向の目的が曖昧だったり、実質的な左遷と受け取られたりするような場合、従業員のモチベーション低下や労務トラブルにつながるおそれがあります。
出向の必要性を客観的に説明できる資料を準備しておくことも、後のトラブル防止に役立ちます。
従業員の同意と十分な説明
出向命令を出す前に、可能な限り対象者の同意を得ることが望ましいです。
特に、就業規則等に出向規定がない場合や、出向が従業員に大きな不利益を与える可能性がある場合は、同意を得ることが法的にも重要です。
出向の内容や条件について、対象者に対して個別に十分な説明を行い、質問や懸念に誠実に対応することで、従業員の不安を軽減することができます。
説明の際には、出向の目的、期間、出向先での業務内容、労働条件、出向終了後の取り扱いなどを具体的に伝えることが重要です。
説明内容や同意の事実を記録として残しておくことで、後のトラブル時の証拠となります。
十分な説明と配慮なく一方的に出向を命じた場合、権利濫用として出向命令が無効とされるリスクが残ります。
適切な人選と合理的な基準
出向者の選定にあたっては、合理的な基準に基づいて行うことが重要です。
出向の目的に照らして最も適した人材を選ぶという観点から、スキルや経験、適性などを考慮すべきです。
特定の従業員だけを狙い撃ちにするような人選は、権利濫用と判断される可能性があります。
年齢、性別、家族構成などによる差別的な取り扱いにならないよう、注意が必要です。
出向者の選定基準を事前に明確化し、公平性・透明性を確保することが望ましいです。
特に、育児、介護などの家庭事情がある従業員については、個別の事情に配慮することが求められます。
出向条件の明確化と文書化
出向の条件については、曖昧さを排除し、具体的かつ明確に定めることが重要です。
出向期間、出向先での職務内容、役職、勤務地、勤務時間、賃金・手当などについて、条件を明確にすべきです。
これらの条件を出向辞令や出向契約書などの文書に明記し、出向者に交付することで、後のトラブルを防止することができます。
特に、賃金や手当については、不利益が生じないよう配慮するか、やむを得ず不利益が生じる場合は、合理的な説明と適切な代償措置を検討すべきです。
出向先企業との間でも、出向者の処遇や費用負担について明確な取り決めを行い、出向契約書を作成することが望ましいです。
出向中のフォローアップ体制
出向者が出向先でスムーズに業務を遂行できるよう、出向元企業としての支援体制を整えることが重要です。
定期的に面談や報告の機会を設け、出向者の状況把握と相談対応を行うことが望ましいです。
出向元企業の人事部門などが窓口となり、出向者からの相談や要望に対応する体制を整備するのがよいでしょう。
出向先での評価情報を適切に収集し、出向元企業での人事評価や昇進に反映させる仕組みを構築することが重要です。
出向終了後の処遇計画
出向終了後の処遇については、事前に計画を立てておくことが重要です。
出向期間中に出向元企業で組織再編や人事異動があった場合でも、出向者が適切なポジションに戻れるよう配慮すべきです。
出向で得た経験やスキルを活かせる部署への配属を検討することで、出向の効果を最大化することができます。
出向終了後の円滑な復帰のため、出向終了前から準備期間を設け、必要な情報提供や研修を行うことが望ましいです。
出向経験を評価し、適切なキャリアパスを提示することで、従業員のモチベーション維持につなげることができます。
長期間の出向後は、出向元企業の業務や組織文化への再適応をサポートする体制を整えることも重要です。
法的リスクの管理
出向制度の運用にあたっては、労働関連法規を遵守し、法的リスクを適切に管理することが重要です。
特に、出向に伴う労働条件の変更については、従業員に対する不利益な変更として労働契約法違反とならないように注意する必要があります。
出向に関する紛争が生じた場合に備えて、出向の必要性や合理性を示す資料、従業員への説明内容、同意の有無などの記録を適切に保管しておくことが重要です。
出向制度の運用にあたっては、定期的に法的リスクの観点からもチェックし、必要に応じて見直しを行うことが望ましいです。
出向の雛形・サンプル
出向を円滑かつ適正に進めるためには、所定の書式を用意し、必要な手続きを確実に行うことが重要です。
出向には、出向辞令や出向同意書など、法的・実務的に必要となる書類がいくつか存在します。
これらの書式を活用することで、従業員との認識のズレや後々のトラブルを防止し、双方が安心して出向手続きを進めることができます。
以下に、出向に関する主な書式の雛形・サンプルを紹介しますので、実際の運用にあたってご活用ください。
出向辞令の書式
出向辞令は、従業員に対して出向の意思表示を行うための書面です。
出向辞令には、出向先の会社名、出向先の住所、出向日、出向後の勤務地などを記載します。
出向辞令は、出向元の会社が従業員に対して発行するものです。
出向同意書の書式
トラブル回避のためにも、転籍の対象者には十分に説明し、同意書を書いてもらうべきです。
労働問題に関する書式については、以下のページをご覧ください。
出向についてのQ&A
出向に選ばれる人はどのような人ですか?

人材育成を目的とした出向では、将来の幹部候補生や、特定の専門知識を習得させたい若手社員が選ばれることが多いです。
雇用調整などの経営上の理由による出向の場合は、部署の人員構成や業務量などを考慮して選定されることが考えられます。
銀行から出向させるのはどのような場合ですか?

経営不振に陥った取引先企業に対して、財務管理や経営再建のノウハウを提供するため、銀行員を出向させるケースがあります。
グループ内の証券会社や保険会社、システム会社などに、銀行業務の知識を持つ人材を送り込むことで、グループ間の連携強化を図ることもあります。
銀行業界の構造改革や人員削減の一環として、関連会社や取引先企業への出向が活用されることもあります。
まとめ
この記事では、出向について、出向の意味や目的、派遣や転籍との違い、出向による影響、メリット・デメリット、注意すべき点などを解説しました。
記事の要点は、次のとおりです。
- 出向とは、従業員が元の会社との雇用契約を維持したまま、一定期間、別の会社で業務に従事する制度である。
- 企業が出向を実施する目的には、人材の有効活用、グループ経営の強化、人材育成、技術・ノウハウの移転、企業間関係の強化、雇用調整などがある。
- 出向命令の有効性は、就業規則や労働契約に規定があるか、業務上の必要性や人選の合理性があるか、労働条件の不利益が著しくないかなどを総合的に判断して決まる。
- 出向は企業にとって人材の有効活用やグループ経営の強化などのメリットがある一方、人事管理の複雑化や従業員のモチベーション低下などのデメリットもある。
- 従業員にとっても、多様な職場経験や新たなスキル習得というメリットがある反面、生活環境の変化やキャリアパスの不透明化などのデメリットが生じる場合がある。
当事務所では、労働問題を専門に扱う企業専門のチームがあり、企業の労働問題を強力にサポートしています。
Zoomなどを活用したオンライン相談も行っており全国対応が可能です。
労働問題でお困りの際は、当事務所の労働事件チームまで、お気軽にご相談ください。
この記事が、労働問題にお悩みの企業にとってお役に立てれば幸いです。
