転籍とは?出向との違いやデメリット|弁護士が解説
転籍とは、労働者が現在の会社から別の会社へ移り、雇用関係を移転させる制度です。
転籍は、会社組織の再編や人員の最適配置を目的として行われることが多く、労働者の身分や処遇に大きな影響を与える重要な人事施策です。
転籍が行われると、労働者は元の会社との雇用契約が終了し、新たな会社と雇用契約を結ぶことになります。
このような雇用関係の変更は、給与体系や福利厚生、勤務条件など労働者の労働環境に大きな変化をもたらします。
そのため、転籍を命じる会社側も、転籍を命じられる労働者側も、その法的な意味や影響について、十分に理解しておく必要があります。
また、転籍は、「出向」や「配転」「左遷」などの人事異動と混同されがちですが、それぞれ法的な意味や効果が異なるため、正確に区別することが重要です。
この記事では、転籍の意味や他の人事異動との違い、転籍によって生じる変化、転籍のメリット・デメリット、転籍を実施する際の注意点などについて、弁護士が解説します。
目次
転籍とは?
転籍とは、労働者が現在の会社から別の会社へ移り、雇用関係を移転させる制度です。
具体的には、元の会社との雇用契約を終了(退職)し、新たな会社と雇用契約を締結(入社)することを意味します。
転籍は、企業グループ内の人材の最適配置や組織再編などを目的として行われることが多く、日本では珍しくない人事施策となっています。
ただし、転籍は労働者の身分や処遇に大きな影響を与えるため、法的な観点からの理解が必要です。
会社における転籍の意味
会社における転籍とは、労働者が現在の会社(転籍元)を退職し、別の会社(転籍先)に入社することで、雇用契約の当事者が変わる人事異動のことです。
転籍の特徴は、雇用主が変わることにあります。
つまり、転籍前は会社Aと労働契約を結んでいた社員が、転籍後は会社Bと労働契約を結ぶことになります。
この点で、同一企業内での配置転換や、出向のように元の会社との雇用関係を維持したまま別会社で働く形態とは、根本的に異なります。
転籍の法的性質は、一般的に「合意解約+新規雇用契約」と理解されています。
まず、転籍元会社との間で雇用契約を合意解約し、同時に転籍先会社との間で新たな雇用契約を締結する、という構造になっています。
転籍は、完全に無関係な会社への転籍もまったくあり得ないわけではないものの、基本的には企業グループ内の関連会社間で行われることが多いです。
会社における転籍の目的
企業が転籍を実施する目的は多岐にわたりますが、主な目的としては、以下のようなものがあります。
- グループ内人事の最適化
転籍の主要な目的のひとつは、企業グループ全体での人材の最適配置を図ることです。
グループ企業間で人材を移動させることで、各社の事業戦略に合った人材配置を実現し、グループ全体の競争力強化を図ります。 - 事業再編や組織変更に伴う人員調整
企業の合併・分割、子会社設立、事業譲渡などの際に、関連する人材を適切に配置するために転籍が活用されます。 - 専門知識や技術の伝播
グループ企業内で、特定の専門知識や技術を持つ人材を転籍させることで、グループ全体での技術共有や人材育成を促進します。 - 中高年社員のキャリア支援策
転籍は、中高年社員のキャリア支援の一環として行われることもあります。
出向とは異なり、完全に雇用関係が移転する転籍は、中高年社員に新たな活躍の場を提供し、モチベーション向上やキャリア形成を支援する手段となることもあります。
日常生活における転籍の意味
日常生活においては、戸籍上の本籍地を変更することを、「転籍」ということがあります。
また、所属する事務所や団体を離れて、別の事務所や団体に移ることも、「転籍」と表現されることがあります。
このようなケースでは、「移籍」と表現するほうが多いかもしれません。
転籍と転職との違い
転籍と転職は、いずれも職場や雇用主が変わるという点では共通しています。
「A社を辞めてB社に採用される」という表面的な部分で両者は共通していますが、その意味合いには、大きな違いがあります。
転籍は、原則として企業の人事政策に基づいて行われる、組織的な異動です。
転籍元企業と転籍先企業の間に資本関係や取引関係があることが一般的で、多くの場合、企業グループ内での人材移動として実施されます。
また、転籍の際は、両社間で転籍に関する協議が行われ、社員本人の同意を得た上で進められます。
一方、転職は、個人の意思決定に基づく職業選択です。
現在の会社を自ら退職し、自分で探した新しい会社に応募して採用されるプロセスを経ます。
転職の場合、前職の会社と新しい会社の間に何らかの関係がある必要はなく、完全に個人の判断によって実現します。
待遇面では、転籍の場合、企業グループ内での異動であることから、給与や福利厚生などの労働条件について、一定の配慮がなされることも多いです。
転職の場合は、前職と新しい職場の待遇が大きく異なることもあります。
転籍と出向との違い
転籍と出向は、いずれも労働者が別の会社で働くことになるという点で共通していますが、雇用関係の取り扱いに違いがあります。
転籍の場合は、元の会社との雇用関係が完全に終了し、新しい会社との間に新たな雇用関係が発生します。
すなわち、雇用契約の当事者が変更されるという特徴があります。
これに対して出向は、雇用主が変わる場合と変わらない場合の双方があります。
出向の1つの形態は、元の会社(出向元)との雇用関係を維持したまま、別の会社(出向先)で勤務する形態です(在籍型出向)。
在籍型出向では、出向元会社との雇用契約は継続しており、出向先会社との間で出向契約が追加で結ばれます。
在籍型出向では、取り決めた期間の経過後には、また元の会社に戻って勤務することが多いです。
このため、従業員に経験を積ませるという意味合いで在籍出向させることがあります。
これに対して、移籍型出向は、出向元との雇用契約を終了させた上での出向となります。
移籍型の出向では、元の会社に戻ることは通常ありません。
移籍型出向は「転籍出向」ともいい、この記事で解説している「転籍」に当たります。
実際の出向は、いずれの形態であるかによって、意味が大きく変わってきます。
そのため、「出向」という言葉を見たときは、その条件からいずれのタイプであるかを正確に見極める必要があります。
出向についての詳しい解説は、以下のページをご覧ください。
転籍と左遷との違い
転籍と左遷は、いずれも労働者の勤務環境に変化をもたらす人事上の措置ですが、その性質と目的には大きな違いがあります。
転籍は、前述のとおり、社員が現在所属している会社から別の会社へ移り、雇用関係の変更を伴うタイプの人事異動といえます。
転籍は、必ずしも不利益な処遇変更ではありません。
企業グループ内での適材適所の人材配置や、新たなキャリア形成の機会提供といった、積極的な目的で行われることも多くあります。
一方、左遷は、「ネガティブな趣旨での人事異動」を広く指す表現です。
たとえば、役職の引き下げや、重要度の低いポジションへの配置転換、趣旨によっては、本社から地方支社への異動なども、左遷に該当します。
左遷は、社員のパフォーマンスや行動に対する、事実上の制裁措置として行われるケースが多く見られます。
「栄転」の対義語として考えると、イメージしやすいでしょう。
転籍は雇用主の変更を伴うのに対し、左遷は同一企業内での異動であるため、雇用主は変わりません。
一応、左遷の趣旨で別会社に転籍させるという人事も、まったく想定されないわけではありません。
ただし、そのような形での転籍は、不当な解雇として有効性を争われる可能性があります。
また、雇用主の変更を伴わない左遷であっても、条件が著しく不合理であったり、懲罰的な目的のみで行われたりする場合には、権利濫用として無効となることもあり得ます。
転籍と配転との違い
転籍と配転は、社員の勤務場所や職務内容に変更をもたらす人事措置ですが、その範囲と法的性質に違いがあります。
転籍は、従業員が現在所属している会社から別の会社へ移り、雇用契約の主体が変更される人事異動です。
一方、配転は、同一企業内での勤務場所や職務内容の変更を指します。
具体的には、部署間の異動や、本社から支社への転勤、職種の変更などが配転に該当します。
転籍は、原則として従業員の同意が必要ですが、配転は、業務上の必要性があれば、会社の配転命令権の行使として、一定の範囲内で会社が命じることができます。
ただし、配転命令権にも一定の制限があり、業務上の必要性がない場合や、従業員に著しい不利益を与える場合には、権利濫用として無効となることがあります。
転籍するとどうなる?
転籍が実施されると、雇用環境や労働条件の面で、さまざまな変化が生じます。
転籍は、単なる勤務場所や職務内容の変更にとどまらず、雇用主自体が変わるという重大な変更を伴います。
そのため、転籍によって生じる影響は多岐にわたります。
従業員にとっては、日常の業務内容から長期的なキャリアパスまで、さまざまな面で変化が生じる可能性があります。
また、会社側にとっても、転籍に伴う手続きや法的な対応が必要となります。
転籍によって生じる主な変化について、以下で詳しく見ていきましょう。
①雇用契約の主体が変わる
転籍が行われると、従業員の雇用主が、転籍元会社から転籍先会社へと変わります。
すなわち、従業員は転籍元会社との雇用契約が終了し、転籍先会社と新たに雇用契約を結ぶことになります。
②雇用契約の内容(労働条件)が変更される
雇用契約の主体が変わることに伴い、労働条件の内容も変更される可能性があります。
具体的には、給与体系、賞与、退職金制度、福利厚生、労働時間、休暇制度など、雇用契約の主要な条件が、転籍先会社の制度に合わせて変わることがあります。
たとえば、転籍先会社の給与体系が転籍元会社と異なる場合、基本給や各種手当の金額や支給基準が変更されることがあります。
職能給から成果給への変更や、役職手当の基準変更なども考えられます。
また、賞与の算定方法や支給時期、退職金の積立方式や支給基準も変わる可能性があります。
さらに、健康保険や厚生年金などの社会保険の取扱いも変わります。
転籍に伴い、健康保険や厚生年金の被保険者資格を一度喪失し、転籍先会社で新たに取得する手続きが必要となります。
転籍では、対象の従業員が不利益を受けないよう、元の労働条件に配慮されることも多いですが、必ずしも全く同一の待遇が維持される保障はありません。
思わぬ不利益を被る場合もあるため、転籍条件や新たな雇用契約の内容を十分に理解した上で判断することが重要です。
③指揮監督関係が変わる
転籍により、従業員を指揮監督する主体が変わります。
転籍前は、転籍元会社の上司から指示を受けていましたが、転籍後は、転籍先会社の上司の指揮命令に従うことになります。
これにより、業務の進め方や、報告のルール、評価基準などが変化する可能性があります。
また、社風や企業文化の違いにより、仕事の進め方が大きく異なることもあります。
このため、はじめのうちは戸惑うこともあるかもしれませんが、新たな職場環境にうまく順応していく必要があります。
④勤務地や職務内容が変わる可能性がある
転籍に伴い、勤務地や職務内容が変更されることがあります。
転籍先会社の事業所が転籍元会社と異なる場所にある場合、通勤時間や通勤経路が変わることがあります。
場合によっては、転居を伴う遠隔地への転籍もあり得ます。
また、転籍先会社での職務内容が転籍元会社と異なることも多く、新しい業務知識やスキルの習得が必要になることがあります。
これまで営業職だった人が管理部門に配属されるなど、職種が大きく変わるケースもあります。
⑤就業規則や服務規律が変わる
転籍により、適用される就業規則が変更されます。
就業規則には、勤務時間、休憩時間、休日、休暇、服務規律などの基本的な労働条件が定められています。
これらの諸条件が、転籍先会社のルールに従って変更されます。
たとえば、始業・終業時間、フレックスタイム制の有無、休憩時間の取り方、年次有給休暇の付与日数、特別休暇の種類や日数などが、変わる可能性があります。
また、服装規定や、出退勤の手続き、ソーシャルメディアの利用ポリシーなど、日常生活上のルールも変わることがあります。
⑥キャリアパスや昇進の道筋が変わる
転籍によって、労働者のキャリア形成や昇進の見通しが変わることがあります。
転籍元会社で描いていたキャリアパスと、転籍先会社で期待されるキャリアパスが異なる場合があります。
昇進・昇格の基準や、役職への登用方法も会社によって異なるため、キャリア形成の道筋を見直す必要が生じることもあります。
たとえば、転籍元会社では年功序列的な昇進制度だったのに対し、転籍先会社では成果主義的な評価制度を採用している場合などが考えられます。
転籍命令を拒否できる?
転籍は、雇用主の変更を伴う重大な労働条件の変更です。
一般的には、従業員の同意なしに、一方的に転籍を命じることはできません。
しかし、実際のビジネスの現場で、会社から転籍を打診されたときにそれを拒否できるのかとなると、問題は複雑です。
転籍命令の有効性や拒否の可否は、法的な根拠や過去の裁判例、個別の状況によって判断が分かれることがあります。
以下では、転籍の法的根拠と、転籍命令に対する拒否に関する裁判例について詳しく見ていきましょう。
転籍の法的な根拠
転籍の法的根拠の基本は、当事者の合意(契約)です。
つまり、元の会社との雇用契約を合意によって解消し、かつ、新たな会社との間で新たな雇用契約を締結するということです。
両者の合意が必要ということは、従業員本人が同意しなければ、転籍はできないということです。
つまり、転籍命令は拒否できるということです。
ただし、採用時の労働契約や就業規則に、あらかじめ転籍に関する条項がある場合、その条項に基づいて転籍が命じられることがあります。
この場合も、そのような労働契約や就業規則を理解した上で入社している点で、転籍に同意しているとも考えられます。
もっとも、こうした条項があるからといって、常に会社の転籍命令が有効となるわけではありません。
転籍の詳細な条件を定めていない包括的な同意に、どこまでの効力があるかは、個別の判断となります。
転籍の拒否についての裁判例
三和機材事件
この事件は、経営再建中の会社が、就業規則を変更して転籍出向を可能としたケースです。
原告は、改正後の就業規則に基づく転籍命令を拒否して解雇され、その無効を争いました。
判決では、就業規則の改正自体は有効であるが、これに基づいて転籍を行うためには、従業員の個別の同意が判断であるとして、転籍命令の拒否を理由とする解雇は無効とされました。
転籍には個別の同意が必要であるため、就業規則を変更すること自体は、不利益性が小さいとして有効とされています。
参考判例:東京地判平成7年12月25日|全国労働基準関係団体連合会
日立精機事件
この事件は、採用の時点で、具体的にその転籍先への転籍があり得ることについて説明され、同意していたケースです。
入社時の包括的な同意を根拠に転籍を有効と認めたものであり、同意が不要と判断されたわけではない点に注意が必要です。
参考判例:千葉地判昭和56年5月25日|全国労働基準関係団体連合会
実際に拒否すべきか
実際に転籍命令を拒否すべきかどうかは、法的な側面だけでなく、今後のキャリアや職場環境も含めて、慎重に判断する必要があります。
法的には、原則として、転籍命令は労働者の同意がなければ成立しません。
したがって、納得できない場合や、条件が悪化する場合には、拒否することが可能です。
しかし、現実には、会社側から繰り返し転籍を打診されたり、拒否した場合に社内で希望するような活躍の場が与えられなくなったり、会社にいづらくなったりといったケースも見受けられます。
転籍を拒否しても、職場での人間関係や評価に影響が出る可能性も否定できません。
一方で、新しい職場で新たな活躍の場を得られる場合や、キャリアアップにつながる可能性がある場合などには、転籍を前向きに捉える選択肢もあります。
いずれにしても、転籍のメリット・デメリットを冷静に比較し、労働条件や待遇、今後のキャリアパスなどを十分に吟味した上で、自分にとって最善の選択をすることが重要です。
必要に応じて、キャリアコンサルタントなどの専門家に相談することも有効でしょう。
転籍の企業のメリットとデメリット
企業が転籍を活用する際には、さまざまなメリットとデメリットが存在します。
転籍は、企業グループ全体の人材戦略の一環として重要な役割を果たす一方で、リスクや課題も伴います。
企業側が転籍を検討する際には、これらのメリットとデメリットを十分に理解し、適切な判断を行うことが重要です。
以下では、企業にとっての転籍のメリットとデメリットについて、詳しく解説します。
メリット
人材の最適配置による効率化
転籍では、企業グループ内で人材を適材適所に配置することで、グループ全体の経営効率を高めることができます。
たとえば、親会社で培った専門知識や経験を持つ人材を子会社に転籍させることで、子会社の経営力強化や技術力向上を図ることができます。
また、特定の事業分野に精通した人材を、その分野を強化したい関連会社に転籍させることで、グループ全体としての競争力を高めることも可能です。
柔軟な雇用調整
経営環境の変化に応じて、グループ企業間で人材を移動させることができるため、解雇を回避しながら人員調整を行うことが可能になります。
特に、事業再編や組織変更の際には、転籍によって既存の人材をグループ内で有効活用できます。
たとえば、縮小する事業部門の従業員を成長分野の子会社に転籍させることで、解雇を回避しつつ人材の有効活用を図ることができます。
人件費の最適化
経営状況の良くない部門や会社の人材を、成長分野や好調な事業に移すことで、グループ全体の人件費を効率的に配分できます。
また、年功序列型の給与体系を持つ親会社から、成果主義的な給与体系を持つ子会社への転籍によって、人件費構造を変えることも可能です。
特に、中高年社員の処遇について、子会社への転籍により人件費を抑制しつつ、その経験と知識を活かす道を作ることができます。
技術やノウハウの移転
親会社で培われた技術やノウハウを子会社に移転する手段として、転籍は効果的です。
特に、専門性の高い技術や経営ノウハウを持つ人材を子会社や関連会社に転籍させることで、グループ全体での技術力や経営力の向上を図ることができます。
また、海外子会社に日本人社員を転籍させることで、日本の企業文化や業務方法を海外拠点に浸透させることも可能です。
デメリット
従業員の反発リスク
転籍は、従業員の同意が原則として必要であり、従業員が転籍に応じない場合には、人事計画の実行が困難になります。
特に、労働条件の低下を伴う転籍の場合には、従業員の反発も強くなり、同意を得ることが難しくなる可能性があります。
また、転籍を強行しようとすると、労使紛争や訴訟に発展するリスクもあります。
優秀な人材の流出リスク
転籍を命じられた優秀な人材が、転籍を機に退職してしまう可能性があります。
特に、労働市場で需要の高い専門スキルを持つ人材は、転籍よりも転職を選択する可能性が高くなります。
また、転籍によってモチベーションが低下し、パフォーマンスが落ちる可能性もあります。
組織文化の衝突
転籍先会社と転籍元会社で企業文化や価値観が大きく異なる場合、転籍者が新しい環境に適応できず、組織内での摩擦が生じる可能性があります。
特に、親会社から子会社への転籍の場合、「親会社からの天下り」と見なされ、転籍先の既存社員との間で軋轢が生じることもあります。
また、転籍者自身も、環境の変化によるストレスを抱える可能性があります。
法的リスク
転籍の手続きや条件が不適切であると、労働契約法や労働基準法違反として、訴訟リスクが発生する可能性があります。
特に、転籍の同意を強要したり、不当に不利益な条件を課したりした場合、法的問題に発展するおそれがあります。
また、転籍に関する就業規則の規定や労働協約の条項に不備がある場合、後になって紛争の原因となることがあります。
企業イメージの低下
転籍がリストラの一環と見なされると、企業の社会的評価が低下する可能性があります。
特に、大規模な転籍が報道されると、「人員整理」のイメージが強まり、企業ブランドや採用活動に悪影響を及ぼすことがあります。
また、社内的にも「転籍=左遷」という認識が広まると、社員のモチベーション低下や職場の雰囲気の悪化につながるおそれもあります。
転籍の従業員のメリットとデメリット
転籍は、企業の人事施策としての側面だけでなく、従業員個人のキャリアや処遇にも大きな影響を与えます。
転籍を打診された従業員は、そのメリットとデメリットを十分に理解した上で、自身のキャリアや生活への影響を考慮して判断することが重要です。
以下では、従業員にとっての転籍のメリットとデメリットについて詳しく解説します。
メリット
新たなキャリア機会の獲得
転籍先で新しい業務や役割を担当することで、スキルの幅を広げたり、キャリアの可能性を広げたりする機会になります。
特に、転籍元会社では経験できなかった職種や役職を任されることで、キャリアの転機となる可能性があります。
たとえば、大企業の一社員から子会社の管理職へ転籍することで、マネジメント経験を積む機会を得ることができます。
専門性を活かせる環境への移行
自分の専門分野に特化した事業を行う会社への転籍により、より自分の専門性を発揮できる場を得られることがあります。
たとえば、総合電機メーカーの研究開発部門から、その技術を活用する専門子会社への転籍によって、より深く専門分野に関わることができるようになります。
転籍先企業でのキャリアアップの可能性
転籍元の大企業では昇進の機会が限られていても、規模の小さい子会社や関連会社では、より早く上位のポジションに就ける可能性があります。
特に、親会社からの転籍者は、経験やスキルを買われて、重要なポジションを任されることも多いです。
デメリット
労働条件の低下の可能性
転籍先会社の給与水準や福利厚生が転籍元会社より劣る場合、収入や待遇が低下する可能性があります。
特に、大企業から中小企業への転籍の場合、給与水準や福利厚生の差が大きいことがあります。
転籍に際しては、できる限り従業員の不利益とならないよう、会社側が条件面で配慮することが求められます。
ただし、必ずしも転籍元と全く同一の待遇が保障されるわけではありません。
転籍先の就業規則や賃金体系、福利厚生制度などの違いにより、細部で条件が異なる場合があるため、事前に十分に確認することが重要です。
キャリアパスの不透明化
転籍先企業でのキャリアパスが不明確であったり、昇進・昇格の基準が転籍元と大きく異なったりする場合、キャリア形成に不安が生じることがあります。
特に、転籍先が小規模企業の場合、組織的なキャリアパスが整備されていないことも少なくありません。
企業文化への適応が必要
転籍先の企業文化や仕事の進め方がそれまでと大きく異なる場合、適応に時間と労力を要することがあります。
社風の違いや人間関係の構築など、目に見えない部分での負担が大きいことも少なくありません。
勤務地変更による生活への影響
転籍先の勤務地が遠方の場合、通勤時間の増加や転居の必要が生じる可能性があります。
これにより、家族生活や地域とのつながりなど、私生活全般に大きな影響が出ることがあります。
転籍させるときに企業が注意すべきこと
企業が従業員に転籍を命じる際には、法的リスクを最小化しつつ、円滑な人事異動を実現するために、さまざまな点に注意する必要があります。
不適切な転籍の実施は、労使紛争や訴訟に発展するリスクがあります。
それだけにとどまらず、企業イメージの低下や残留する社員のモチベーション低下など、目に見えないコストも発生させる可能性があります。
以下では、企業が転籍を実施する際に注意すべきポイントについて、詳しく解説します。
従業員の同意の取得
転籍は、雇用主の変更を伴う重大な労働条件の変更であるため、従業員の同意なしに一方的に命じることはできません。
同意を得る際は、口頭だけの同意では、後に紛争になるリスクがあります。
書面による明示的な同意を得ることが、事実上必須といえるでしょう。
また、同意を強要したと受け取られないよう、十分な説明と検討期間を設けることが重要です。
転籍の目的や必要性の明確な説明
なぜ転籍が必要なのか、会社の経営状況や事業戦略との関連性を含めて、誠実に説明することで、従業員の理解と協力を得やすくなります。
単に「人員削減のため」といった表面的な理由ではなく、企業グループ全体での最適配置や、キャリア開発の機会といった、積極的な側面も含めて説明することが効果的です。
転籍条件の適切な設定
転籍先での労働条件(給与、賞与、退職金、勤務時間、休日、福利厚生など)が著しく不利にならないよう、配慮すべきです。
特に、給与水準や退職金の算定方法については、できるだけ従前の条件を維持するか、適切な補償措置を講じることが望ましいです。
勤続年数の通算や、企業年金の取扱いなども重要なポイントです。
適切な手続きと十分な準備期間の確保
転籍の実施にあたっては、十分な事前告知と準備期間を設けることが重要です。
突然の通知は、従業員に不安や混乱を与え、円滑な移行の妨げになります。
検討の機会を与える意味で、少なくとも数ヶ月前には対象者に通知し、転籍先会社の情報提供や質疑応答を行うなど、丁寧な対応を心がけるべきです。
法的手続きの遵守
転籍は、転籍元の退職と転籍先での採用を組み合わせた手続きです。
転籍に伴い、雇用保険や社会保険の資格喪失・取得手続き、源泉徴収や年末調整の処理など、さまざまな法定手続きが必要になります。
これらの手続きを漏れなく適切に行うことで、従業員の不利益を防止するとともに、法的トラブルを回避できます。
個別事情への配慮
転籍対象者の年齢、家族状況、健康状態、キャリアプランなど、個人的な事情に配慮することで、転籍の円滑な実施と従業員の納得感を高めることができます。
特に、育児や介護などの家庭的責任を負っている従業員や、健康上の理由から勤務地変更が困難な従業員については、個別の配慮が必要です。
転籍後のフォローアップ体制の構築
転籍後も一定期間、転籍者の状況を把握し、必要に応じてサポートする体制を整えることが重要です。
転籍先での適応状況や問題点を把握し、必要に応じて転籍元会社が調整役を果たすことで、円滑な移行を促進できます。
特に、転籍直後は不安や戸惑いが大きいため、定期的な面談や相談窓口の設置などが効果的です。
残留社員への配慮
転籍対象者だけでなく、残留する社員に対しても、転籍の目的や選定基準を適切に説明することで、不安や疑念を払拭することが重要です。
転籍が「左遷」や「追い出し」と誤解されると、組織全体のモチベーションの低下にもつながるため、ポジティブな側面を強調したコミュニケーションが必要です。
転籍に関する書式の雛形・サンプル
転籍を円滑かつ適正に進めるためには、所定の書式を用意し、必要な手続きを確実に行うことが重要です。
転籍には、転籍辞令や転籍同意書など、法的・実務的に必要となる書類がいくつか存在します。
これらの書式を活用することで、従業員との認識のズレや後々のトラブルを防止し、双方が安心して転籍手続きを進めることができます。
以下に、転籍に関する主な書式の雛形・サンプルを紹介しますので、実際の運用にあたってご活用ください。
転籍辞令の書式
転籍辞令は、従業員に対して転籍の意思表示を行うための書面です。
転籍辞令には、転籍先の会社名、転籍先の住所、転籍先の役職、転籍日、転籍後の勤務地などを記載します。
転籍辞令は、転籍元の会社が従業員に対して発行するものです。
転籍同意書の書式
トラブル回避のためにも、転籍の対象者には十分に説明し、同意書を書いてもらうべきです。
労働問題に関する書式のダウンロードは、こちらからどうぞ。
転籍についてのQ&A
転籍とは退職ですか?

転籍は、現在の会社(転籍元)を退職し、別の会社(転籍先)に入社することを意味します。
法的には退職と入社の手続きが行われますが、一般的には両社間の合意に基づいて行われるため、通常の退職とは異なります。
退職金については、支給される場合と、転籍先での勤続年数に通算される場合があります。
転籍の事実は履歴書に記載すべきですか?

転籍の事実は、履歴書に記載すべきです。
企業グループ内での転籍であっても、法的には別会社への移動となるため、職歴欄に両社の在籍期間を明記します。
ただし、同一グループ内の転籍である場合は、その旨を補足説明として記載することで、経歴の連続性を示すことができます。
履歴書の正確性は信頼の基本であり、転籍を隠す必要はありません。
まとめ
この記事では、転籍について、その意味や他の人事異動との違い、転籍によって生じる変化、転籍のメリット・デメリット、企業が転籍を実施する際の注意点などを解説しました。
記事の要点は、次のとおりです。
- 転籍とは、労働者が現在の会社から別の会社へ移り、雇用関係を移転させる制度である。
- 転籍は雇用主の変更を伴うため、出向や配転などの他の人事異動とは法的性質が異なる。
- 転籍によって、雇用契約の内容、指揮監督関係、勤務地、職務内容、就業規則の適用などが変更される。
- 転籍命令には、原則として労働者の同意が必要であり、同意なく一方的に命じることはできない。
- 企業と従業員の双方にメリット・デメリットがあるため、これらを理解した上で適切に判断する必要がある。
当事務所では、労働問題を専門に扱う企業専門のチームがあり、企業の労働問題を強力にサポートしています。
Zoomなどを活用したオンライン相談も行っており全国対応が可能です。
労働問題でお困りの際は、当事務所の労働事件チームまで、お気軽にご相談ください。
