弁護士コラム

従業員が「企業秘密」を持ち出すことは違法?

2019年3月13日、株式会社アシックスの元従業員が、その在職中に同社が開発した靴の画像や性能データを持ち出したとして、不正競争防止法違反の疑いで逮捕されました。

そもそも、「企業(営業)秘密」は法的に守られるのでしょうか。

民事事件及び刑事事件それぞれの観点から解説します。

 

民事上の営業秘密の保持義務

労働契約においては、その人的・継続的な性格に由来しての信頼関係が必要となり、使用者と労働者双方に「信義誠実の原則(当事者双方が相手方の利益に配慮し、誠実に行動すること)」が要請されます。

「営業秘密の保持義務」は、上記「信義誠実の原則」のうち、労働者側から使用者側に対して負う義務のひとつにあたります。

労働者は、労働契約の存続中、上記信義誠実の原則として負う義務の一種として、使用者の営業上の秘密を保持すべき義務を負っています。

また、営業保持義務について就業規則上、規律を設けている場合には、当該就業規則の規定が労働契約を規律していることとなります。

就業規則中に営業保持義務に関する規定を設けている場合には、労働者が秘密保持義務に違反したとき、就業規則の規定に従って、懲戒処分や解雇をしたり、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求を行うなどの余地があります。

秘密保持の根拠が明確に規定されている場合には、履行請求ができる可能性もあります。

営業秘密の漏洩による懲戒処分が有効とされた裁判例としては、以下の「古河工業足尾製作所事件(東京高等裁判所昭和55年2月18日)」が挙げられます。

判例 営業秘密の漏洩による懲戒処分が有効とされた裁判例

この裁判例は、同製作所の従業員らが、政治活動として参加していた党の会議において、同製作所の業務上重要な秘密である長期経営計画の基本方針である計画基本案を配布するなどして漏洩したという事案です。


裁判所は、この従業員らの秘密の漏洩について、
「労働者は労働契約にもとづく附随的義務として、信義則上、使用者の利益をことさらに害するような行為を避けるべき責務を負うが、その一つとして使用者の業務上の秘密を洩らさないとの義務を負うものと解せられる。信義則の支配、従つてこの義務は労働者すべてに共通である。もとより使用者の業務上の秘密といつても、その秘密にかかわり合う程度は労働者各人の職務内容により異るが、管理職でないからといつてこの義務を免れることはなく、又自己の担当する職務外の事項であつても、これを秘密と知りながら洩らすことも許されない」と判断しました。

【東京高等裁判所 昭和55年2月18日】

裁判や弁護士その上で、守秘義務違反が就業規則上懲戒事由として定められている場合、
「懲戒は企業秩序をみだす行為に対する制裁であり、・・・会社の業務上重要な秘密が守られることを企業秩序維持の一つの柱と考え、これを他に洩らした者に懲戒解雇をもつて臨む」ことが可能であることを前提とした判断をしています。

一方、労働契約が終了した後については、就業規則の具体的な規定や個別的な特約によって一定の営業秘密の保持が約定されていると認められる場合に、その約定の「必要性」や「合理性」の点で公序良俗に違反しないとされない限り、秘密保持の履行を請求(差し止め請求)や、不履行による損害賠償請求が可能となります。

その他、不正競争防止法において、労働者が使用者から取得しまたは開示された営業秘密について、労働関係の継続中だけでなく終了後においても、その不正な使用や開示について、差し止め請求などの法的救済が規定されています。

労働者が使用者から取得した「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの(同法2条6項)」(営業秘密)を「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で」使用・開示する行為は、営業秘密に関する不正行為の一類型とされます(同法2条1項7号) 。

使用者は、従業員によるこのような使用・開示行為につき差し止め(同法3条1項)、損害賠償(4条)、侵害行為を組成した物の廃棄または侵害行為に供した設備の除却(同法3条2項)、信用回復の措置(同法14条)を求める余地があります。

 

 

営業秘密に関する刑事上の責任

営業秘密の漏洩に対する刑事罰としては、①不正競争防止法違反、②窃盗、③業務上横領などが考えられます。

不正競争防止法違反について

不正競争防止法は、上述のとおり、「営業秘密」の不正取得を禁止しています。

同法に違反した場合、「10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金、またはこれを併科」することが規定されています(不正競争防止法21条)。

この法定刑は、窃盗罪や背任罪よりも重いものとなります。刑事上の不正競争防止法違反の要件としては「営業秘密」、「不正の利益を得る目的」が必要となります。

不正競争防止法違反が認められた事例としては、自動車の開発・製造・売買等を業とする自動車株式会社(以下、「A社」といいます。)において、元従業員が、退職前に同社の商品企画に関する情報などを持ち出して逮捕・起訴された事件(最高裁平成30年12月3日)があります。

判例 不正競争防止法違反が認められた裁判例

同事件において、被告となった元従業員は、A社の退職後、A社の同業他社であるB社への内定が出ていました。

そこで、元従業員は、A社から退職する直前に、管理権限を付与されていた同社のサーバーコンピューターに保管されていた自動車商品企画に関する情報などのデータ(営業秘密)を、同社から貸与されていたパソコンを経由して自己所有のハードディスクに転送するなどして持ち出しました。


裁判所は、
元従業員が、勤務先(A社)を退職し同業他社(B社)へ転職する直前に、勤務先の「営業秘密」である同データを私物のハードディスクに複製したことについて、「勤務先の業務遂行の目的によるものではなく、その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もない」などの事実関係からすれば、「当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できる」として、元従業員のデータ持ち出しには「不正の利益を得る目的」があったことを認定しました。

【最高裁 平成30年12月3日】

上述した2019年3月13日のアシックスの元従業員によるデータ持ち出し事件も、類似のケースであると考えられます。

 

窃盗及び業務上横領について

企業の情報の不正入手に関しては、上記不正競争防止法だけでなく、刑法上の「窃盗罪」又は「業務上横領」にあたるケースも存在します。

もっとも、窃盗や業務上横領が成立するには、盗まれた又は横領された「もの」が「財物」である必要があります。

そのため、情報(データ)が外部に流出したというだけでは、「窃盗」や「業務上横領」は成立しません。

この点、新薬産業スパイ事件(東京地裁昭和59年6月28日)において、「情報(データ)」そのものではなく、「情報の化体された媒体」について財物性が認められました。

つまり、行為者が企業の情報を、当該企業の管理する紙やUSBなどのデータ媒体にコピー等複製して持ち出した場合、その企業の管理する紙やデータ媒体に財物性が認められるため、窃盗や横領の罪が成立することになります。

一方、行為者が自分の所有するデータ媒体に情報をコピー等複製して持ち出した場合には、「媒体」そのものが行為者のものであるため、窃盗や業務上横領といった犯罪は成立しません。

その場合は、不正競争防止法違反の成否の問題となります。

行為者が情報をコピー等複製した当該企業の管理する紙や媒体を持ち出した場合、「窃盗罪」となるか「業務上横領罪」となるかは、その行為者の権限の有無によります。

企業の情報の管理権限(閲覧等)を有する人物による不正な目的での外部持ち出しの場合には、業務上管理している財物(情報が化体された媒体)の横領といえるため、業務上横領罪が成立します。

情報に関する権限がない人物による不正な目的での外部持ち出しの場合には、他人の財物(情報が化体された媒体)を権利者を排除して自分のものにしようとする意思で窃取したということになるため、窃盗罪が成立することになります。

弁護士勝木萌企業を経営される皆様にとっては、企業秘密の管理や流出した場合の迅速な対応・対処はとても大切な事柄です。

企業秘密という重大な財産を守るためにも、一度、弁護士に相談に来られてみてください。

 

 


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弁護士 勝木萌

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