弁護士コラム

労働弁護士が教える!人手不足対策〜賃金引き上げの注意点〜

執筆者
弁護士 西村裕一

弁護士法人デイライト法律事務所 北九州オフィス所長、パートナー弁護士

保有資格 / 弁護士・入国管理局申請取次者

現在、「人手の確保に苦慮している」との企業の声が多くきかれます。財務局が2018年1月31日に発表した資料(※以下、「財務局調査」といいます。)によれば、人手不足感について、「有」と回答した企業は71パーセント(前年67パーセントより増加)となり、企業の人手不足感は確実に拡がっています。
※財務局調査による「人手不足の現状及び対応策」について

企業が持続的に成長していくためには、労働生産性の向上や労働参加に資する取組を通じた人手不足の解消が必要となります。

そこで、ここでは、人手不足を解消するためのいくつかの施策について、法的観点を加えて解説したいと思います。

従業員

賃金引き上げの効果

財務局調査によれば、人手不足の要因としては「採用が進まない」が最も多く、59パーセントにも上りました。売り手市場において、求職者が重視するのは待遇です。

待遇を良くするためには、これまで述べてきた長時間労働の是正や有給消化率の上昇等も大切ですが、即効性があるのはやはり賃金の引き上げだと思われます。賃金を大幅に引き上げることができれば、求人の数も比例して増加し、優秀な人材の獲得にも繋がるでしょう。

しかし、賃金の引き上げには、その財源が必要となります。賃金をあまり大幅に増加させると人件費の負担が増加し、利益を出せなくなるかもしれません。そうなると、会社は倒産してしまいます。

また、現在は比較的景気が良いため、人件費のコスト増加に対する負担感は少ないかもしれませんが、好景気はいつまでも続きません。不景気になって業績が悪化した際、簡単に賃金を下げることができればよいのですが、賃金の引き下げは、法的にもマネジメント的にも困難な問題が立ちはだかります。

すなわち、賃金は、労働条件の中でも、労働者の生活に与える影響が極めて大きい重要な要素です。

問題社員

この重要な労働条件である賃金を引き下げることは、労働者にとって不利益変更となり、法的に認められないというリスクがあります。また、賃金引き下げが法的に許されたとしても、従業員の納得感が得られず、モチベーションの低下や離職率の増加を招きかねません。

したがって、賃金の引き上げは、長期的な視野を持って慎重に行わなければなりません。

そこで、以下、賃金の引き上げの具体的な方法について、ポイントを解説します。

 

 

ベースアップ

ベースアップの効果

ベースアップとは、基本給の底上げをいいます。後述する定期昇給とは異なります。

定期昇給とは、一定の期間ごとに基本給がアップする制度です。

例えば、初任給月額20万円の企業で、勤続年数が1年経過するごとに基本給が1%アップするとします。この場合、1年後の定期昇給によって、20万2000円、2年後は20万4020円となります。

定期昇給がある会社は、勤続年数が経過するごとに基本給が右肩上がりの曲線(賃金カーブ)を描く、いわゆる年功序列の制度となります。

これに対して、ベースアップは、賃金カーブに関係なく、基本給がアップすることを指します。例えば、初任給月額20万円の企業で、1パーセントのベースアップがあると、定期昇給がない会社でも初任給が月額20万2000円となり、全体の賃金が底上げされるのです。

ベースアップは、大手企業と労働組合との春闘の賃上げ交渉の場面において、メディアによく取り上げられています。しかし、労働組合をもたない中小企業・ベンチャー企業なども賃上げの方法として取り入れるケースもあります。

優秀な社員を採用しようとする場合、業界平均よりも高い基本給を設定すると、待遇面において魅力度が増します。

例えば、基本給19万5000円の会社が業界平均の基本給20万円を超える基本給20万5000円で求人を出したとします。他にマイナス要素がなければ、通常は多数のエントリーが見込まれます。ただし、この場合、既存の従業員の納得感を得る必要があります。そこで、従来の賃金体系を変更して全社員の基本給を1万円底上げするのです。

 

ベースアップの導入方法

賃金の額は、労働契約によって決められますが、ベースアップは、基本給の底上げですので、個別の合意を締結するのではなく、通常は、労働協約や就業規則(賃金表)の改訂によって行われます。

 

ベースアップの注意点

ベースアップは、全体の基本給の底上げですので、時間外労働等の割増賃金や賞与の額も増加するため、固定費が大幅に増加します。

また、将来、業績悪化等によって、賃金の額を減額(ベースダウン)する場合、様々な困難が予想されます。

例えば、労働組合との交渉が難航したり、労働者のモチベーションが低下したりすることです。

また、賃金は、労働者にとって生活に直結する重要な労働条件ですので減額は不利益変更に該当するため、原則として労働者の同意が必要となります(労契法9条)。

労契法10条は、労働者の同意なく、就業規則の変更によって労働条件を変更できる場合として、
「変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」
と定めていますが、この要件を満たすことは決して簡単ではありません。

したがって、会社はベースアップについては、特に慎重に判断すべきです。

また、ベースアップを行う際は、ベースアップの目的や理由を説明し、仮に将来業績が悪化した場合、ベースダウンもあり得ること等を十分に説明した方がよいと思われます。

 

 

定期昇給

定期昇給の効果

定期昇給とは、前記のとおり、一定の期間ごとに基本給がアップする制度です。

定期昇給は、年功序列を前提とした賃金体系であるため、安定志向を求める人材の採用や定着に一定の効果があると考えらます。

しかし、市場環境が急速に変化する現代において、終身雇用を前提とした人事システムよりも、ある程度人材を流動させた方が企業の競争力が高まるという経営戦略をとる企業も増えています。

したがって、自社にとってどのような人材が必要なのか、また、最適な在職期間の程度、などを踏まえて、定期昇給の要否や内容を検討すべきであると考えます。

 

定期昇給の導入方法

定期昇給をこれから導入する場合、通常、就業規則(賃金表)の改訂が考えられます。定期昇給の導入によって、労働者に不利益変更とならない限り、個別の同意を取らないのが一般的です。

 

定期昇給の注意点

上述したとおり、年功序列的な賃金体系は廃止ないし変更する企業が増えています。典型的には賃金の中の年齢給部分の廃止や、管理職を中心とした年棒制の導入です。こうした変更は、通常、就業規則の変更という形で行われます。

しかし、上記のとおり、賃金は、労働者にとって生活に直結する重要な労働条件ですので減額は不利益変更に該当するため、原則として労働者の同意が必要となります(労契法9条)。

就業規則の変更の場合、その法的有効性は、上記の要件に基づき判断されることとなります。年功型から成果型への変更の場合、変更の差し迫った必要性が乏しいことが多いため、合理性が肯定されるケースは多くないと考えられます。

 

 

賞与

賞与の効果

お金賞与は、定期に給与を受け取る労働者(例えば月給者)に対して支払われる一時金をいいます。

通常は、夏季賞与と冬季賞与の2回、会社の業績や個人の能力等を勘案して支給されます。賞与は、功労報償的な意味をもっていますが、適切に評価し、妥当な賞与を支給することで、当該労働者のモチベーションの向上という効果も見込まれます。

賞与は、算定基準が就業規則等に規定ないし決定されていない場合は景気調節的な性格を持ちます。したがって、会社の業績悪化を理由として賞与を減額しても、ベースアップのような不利益変更の問題は生じません。

しかし、他方で、待遇面の魅力度が基本給ほど高くはないため、賞与を多く支給したとしても、採用において効果が大きいとはいえないと考えられます。

 

賞与の注意点

賞与については、就業規則等に規定されていることが通例です。

就業規則等の記載の仕方については注意が必要です。上記のとおり、賞与の算定基準が就業規則等に規定されている場合、労働者には当該賞与の請求権があるものと解されます。

したがって、会社の業績や当該労働者の個別の成績等も考慮した上で具体的な支給額を決定するなど、会社側にある程度の裁量の余地を残したい場合は、算定基準を明記しない方がよいでしょう。

下記の就業規則の記載例を参考にされてください。

図表12 就業規則等の記載例

第◯条(賞与)
賞与の支給額は、会社の業績に応じ、能力、勤務成績、勤務態度を人事考課により査定し、その結果を考慮して、その都度決定する。ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合には、支給日を変更し、又は支給しないことがある。

第◯条(支給時期)
賞与は、会社の業績により原則として年2回、6月及び12月に支給する。

第◯条(支給対象期間)
賞与の支給対象期間は、次のとおりとする。
上期:前年12月1日~当年5月31日
下期:当年6月1日~当年11月30日

第◯条(支給対象者)
賞与は、前条で定める支給対象期間にすべて在籍し、かつ支給日に在籍する従業員に支給する。

なお、上記の就業規則では、賞与の支給対象者を「支給日に在籍する従業員」としています。この規定では、例えば、自己都合で支給日前に退職した労働者については賞与は支給されません。

 

 

新規採用者の基本給を増加

新規採用者の基本給アップの効果

前記のとおり、ベースアップは全体の人件費が増加するため大幅な固定費の増加が予想されます。安易な固定費の増加は資金繰りの悪化を招き倒産するリスクをもたらします。

他方で、現状の初任給では待遇面での魅力がないため、新規採用が困難な場合があります。

このような場面において、ベースアップはせずに、新規採用者に支給する初任給を増加させるという方法も考えられます。この手法を取ると、全体の固定費はほとんど増加させずに、新規採用もできるという効果が期待できます。

 

新規採用者の基本給アップの注意点

新規採用者の基本給を増加する方法は、一見効果がありそうですが、様々な問題をはらんでいます。

最も懸念されるのはマネジメントの問題です。新規採用者の基本給が既存の従業員の基本給よりも高いケースでは、既存の従業員の納得感は得られないでしょう。

同一労働同一賃金の風潮が高まる中、賃金の額は、従業員にとって大きな関心ごととなっています。特に、会社に対して貢献度が高い従業員ほど不満を持つようになります。このような従業員が離職すると、会社にとっては大きな痛手となります。

お小遣いそこで、このような不満を払拭するために、既存の社員に対して、一定額の手当を支給するという手法が考えられます。

例えば、新規採用者の基本給を1万円アップする場合、既存の社員に対して調整手当として1万円を支給する、などです。この手法の利点は、ベースアップと異なり、全社員を対象とする必要はないという点です。

また、勤務成績が標準以上の従業員を対象として支給すれば、貢献度が低い従業員を対象から外すことが可能です。ベースアップと比べると固定費を多少は下げる効果を持ちます。

ただし、調整手当が支給されない従業員は不満を持つため、労使紛争に発展するリスクがあります。

働き方改革への対応方法ついてはこちらのページをご覧ください。

 

 




  

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