過労死の事例|JR西日本に1億円の支払い義務を認める判決
過労死事件では賠償額が1億円を超えることも珍しくありません。
この記事では実際の事例をもとに、会社の対策について解説しています。
ぜひ最後までお読みください。
JR西日本社員の過労死事件で、判決で1億円の支払義務が認められました。
平成27年3月20日、長時間労働によるうつ病が原因で自殺したJR西日本社員の男性の遺族が、同社に対し約1億9000万円の損害賠償を求めて大阪地裁に訴訟を提起した事件で、同社に約1億円の支払いを認める判決が下されました。
判決によると、男性は、2009年4月に入社し、28歳であった2012年10月、勤務先近くのマンションから飛び降り自殺をしました。
男性は、昼夜連続勤務や休日労働が恒常化し、自殺する直前約1年間の時間外労働は月平均134時間で、2012年3月の時間外労働は、JR西日本の調査で254時間に及んでいました。
判決では、「時間外労働が適切な範囲を大きく超えていたのに会社は何の措置も講じず、安全配慮義務違反は明らかだ」と述べられました。
このように極度の長時間勤務による過労死は、近年注目を集めるようになってきています。
今回のJR西日本の件のように、過労死事件では賠償額が1億円を超えることも珍しくなく、有名な「電通事件」で認められた賠償額は1億6800万円にも及んでいます。
事例 電通事件(最判平成12年3月24日)
賠償額:1億6800万円
Aは大学卒業後の新入社員。平成2年4月に入社してから長時間労働が恒常化しており、入社した翌年(平成3年)の8月に自殺。
Aは休日を含め、平成3年1月から3月まで4日に1度の割合で、同年4月から同年6月までは5日に1度の割合で、同年7月及び同年8月は5日に1度の割合で深夜2時以降まで残業していた。
Aの勤務していた会社は、Aが長時間労働により体調を崩していることを知りながら、「業務の量等を適切に調整するための措置を採る」ことをしなかったものと判断された。
従業員のメンタルヘルス問題が会社にもたらす影響
今回のJR西日本過労死事件のように、会社にメンタルヘルス問題を抱えた社員が在籍している場合、そのメンタルヘルス問題が業務に起因するものであれば、当該従業員やその家族から損害賠償請求を受けることがあります。
たとえ従業員のメンタルヘルス問題が業務に起因しないものであっても、会社は様々な不利益を被ることが予想されます。
会社が被る不利益
- ① 当該問題を抱えた社員の生産性の低下
- ② 休職者が出た場合には、医療費や傷病手当見舞金等の負担
- ③ 従業員が自殺してしまった場合には、世間のイメージダウン、社員や取引先などからも不信感を持たれる原因にも
会社は、このような様々な不利益を回避するための対策を講じることが必要になります。
ワタミの過労死自殺裁判
酒屋チェーン大手「ワタミ」の子会社で、当時、正社員として働いていた26歳の女性が過労で自殺したとして、ご遺族が損害賠償を求めていた裁判で、会社側がおよそ1億3300万円を支払うという内容で、平成27年12月8日、和解が成立しました。
新聞報道等によれば、被害者の女性の方は、平成20年に正社員として入社し、そのわずか2か月後に自殺されたそうです。
この事件で、ご遺族は、1か月間に100時間を超える残業などによる過労死だったとして、会社側に損害賠償を求めて提訴していました。
会社側は、自殺について、過労が原因だと認めてご遺族に謝罪するとともに、1億3300万円あまりの損害賠償を支払うことになりました。
また、会社側は、平成20年以降に入社した社員に未払いの賃金の分などとして一律2万円あまりを支払い、残業時間の削減に努めるなど再発防止策を講じることを条件に和解したということです。
この事案のように、過労で従業員が自殺した場合、会社は安全配慮義務(民法415条、労働契約法5条)に違反した、又は、不法行為に基づく使用者責任(民法715条)として、損害賠償責任を負うことがあります。
安全配慮義務違反と損害には相当因果関係が必要
安全配慮義務とは、労働者を業務に従事させるに当たり、従業員の生命・身体・健康を守るべき義務のことをいいます。
近年、従業員が過重労働により心身のバランスを崩し、過労死に至ってしまうケースが増加しており、裁判では、会社の安全配慮義務違反が認められる場合があります。
もちろん、安全配慮義務も無制限に認められるものではなく、会社に過失があることが前提となります。
安全配慮義務違反の過失とは、①結果の予見可能性があり、②結果の回避義務が認められることをいいます。
また、安全配慮義務違反と損害との間に相当因果関係が必要となります。
この因果関係の具体的な認定方法として、ワタミの事案のような過労自殺事案では、実務上、行政通達(心理的負荷による精神障害の認定基準について・平成23年12月26日基発第1226号第1号)が重要です。
この認定基準は、精神障害の労災請求事案について、行政が業務上か否かの判断指針となる基準を定めたものです。
したがって、本来、過労自殺の事案において、裁判所を拘束するものではありません。
しかし、この認定基準は、最新の臨床経験上の知見を踏まえて作成されたものであり、安全配慮義務違反等を理由とした損害賠償請求における相当因果関係の判断においても、合理性を有するものと考えられます。
したがって、裁判においても、この認定基準は参考にされています。
認定基準では、対象となる疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による「強い」心理的負荷が認められるということが要件の一つとなっています。
そして、この「強い」心理的負荷が認められるか否かについて、具体例としては以下のようなものがあります。
具体例
- 発病直前の連続した2か月間に、1月当たり約120時間以上の時間外労働があった
- 発病直前の連続した3か月間に、1月当たり約100時間以上の時間外労働があった
上記は一例ですが、ワタミの過労自殺の事案も、1か月間に100時間を超える残業などによる過労死だったとして、会社を提訴しています。
ワタミの事案だけではなく、使用者に損害賠償義務が認められた場合、賠償額は、数千万円から数億円に上る可能性があります。
今回のような事案を未然に防止するために、会社としては、労働者の勤務時間管理を適切に行ない、行き過ぎた長時間労働とならないように注意が必要です。
また、長時間労働のみならず、企業にはメンタルヘルス対策が求められています。
メンタルヘルス対策について、くわしくは以下をご覧ください。
会社の対策:まずは会社の就業規則の見直しから始めましょう!
メンタルヘルス問題を抱えた社員は心身ともに健康な社員と比較して生産性が一般的に低いなどの問題が生じるため、会社としては大きな問題に発展する前にその社員を解雇したいと考えるかもしれません。
しかし、法律上解雇には、
- ① 客観的合理的理由
- ② 社会通念上の相当性
が要求されており、厳しい制限が課されています。
そのため、たとえメンタルヘルス疾患を抱えた従業員でも直ちに解雇することは難しく、その社員の取扱いが問題となります。
その際、まず早急に出来る対策としては、就業規則の見直しです。
就業規則の中に私傷病休職制度を置いている会社も少なくないと思いますが、従来の私傷病休職制度は結核などの感染症を想定した内容であるため、メンタルヘルス問題に対応していないこともしばしばです。
この私傷病休職制度をきちんと整備することで、会社はメンタルヘルス疾患を抱えている社員の取扱いが明確になり、様々なリスクを回避することや、また休職期間を経ることで当該従業員の回復による生産性の向上などが期待できます。
まとめ
会社がメンタルヘルス問題を抱えた社員の対応を誤ると、当ページの事件のように、巨額の損害賠償が認められてしまう可能性があります。
会社の規模によっては、1億円を超える損害賠償が認められてしまえば、会社の存続自体危ぶまれるといっても過言ではありません。
メンタルヘルス問題への対策は、早急に講じる必要があります。
弊所では、就業規則の作成や見直しも行っております。
私傷病休職制度に限らず、就業規則はその会社の個別の事情に応じた内容のものを作成しておかなければ、後々トラブルに発展する可能性があります。
厚生労働省のモデル就業規則をそのまま使用しているという会社や、ずいぶん前に就業規則を作成してから一度も見直しを行っていないという会社は、ぜひ一度会社に備え付けられている就業規則をご確認ください。
