労災保険はどのような事故で使えるの?弁護士が事例で解説

労災保険は、業務起因性と業務遂行性が認められ、業務災害であると認定されることで使うことができます。

この業務起因性と業務遂行性という言葉は、一般の方には馴染みがなく、理解が難しいです。

ここでは、具体的にどのようなケースで労災保険を使うことができるのか、弁護士が解説していきます。

ぜひ参考になさってください。

 

労災保険とは

労災保険とは、業務中又は通勤中の事故に対して、従業員やその遺族のために、必要な保険給付を行う制度です。

 

 

労基法・労災保険法に基づく労災補償責任

会社は、従業員を使用して業務を行っている以上、万一、労働災害や通勤災害が発生し、従業員が負傷した場合には、休業、療養、障害、遺族等への補償をする義務が労働基準法に規定されています。

そして、労災保険法は、業務災害で損害を被った従業員を保護するために必要な保険給付を行い、従業員が労働災害により困窮しないよう保護することを主たる目的としています。

労災保険は、従業員を一人でも使用している事業場では、原則として加入しなければならず、保険料は全額事業主負担となります。

ただし、農林水産業のうち、従業員が4人以下の事業の保険加入は任意とされています。

 

労災保険を使える条件

前記したように、会社は労働災害や通勤災害で従業員が負傷した場合には、必要な補償を従業員に行わなければなりません。

その場合、会社が自己負担で従業員に補償をすることもできますが、労災保険を使用して、従業員に適切な保険給付を実施することが多いようです。

労災保険が使用できるのは、業務災害といえる場合です。

業務災害と認められるには、当該事故について業務遂行性と業務起因性が認められなければなりません。

業務遂行性とは、従業員が会社の支配下にある状態のことです。

業務遂行性がなければ、そもそも業務起因性は認められませんが、業務遂行性が認められるからといって、必ず、業務起因性が認められるわけではありません。

業務遂行性が認められるのは、下表のような場合です。

下表のように3つのケースに分けて検討することになります。

業務遂行性の判断について

①事業主の支配・管理下で業務に従事している場合
  • 従業員が自らの担当業務に従事している場合や、事業主からの特命業務や突発事故に対する緊急業務に従事している場合
  • 担当業務を行う上で必要な行為、作業中の用便、飲水等の生理的行為を行っている場合
  • その他労働関係の本旨に照らし合理的と認められる行為を行っている場合 など
②事業主の支配・管理下にあるが、業務に従事していない場合
  • 休憩時間に事業場構内で休んでいる場合、社員食堂で食事をしている場合や事業主が通勤専用に提供した交通機関を利用した場合など
  • 休日に事業場内で遊んでいるような場合は該当しない
③事業主の支配下にはあるが、管理下を離れて業務に従事している場合
  • 出張や社用での外出、運送、配達、営業などのため事業場の外で仕事をする場合
  • 事業場外の就業場所への往復、食事、用便など事業場外での業務に付随する行為を行う場合など
  • 出張の場合は、私用で寄り道したような場合には該当しない

 

業務起因性が認められるのは、具体的には下表のような場合です。

業務遂行性の判断の場合と同様に、3つのケースに分けて検討することになります。

業務起因性の判断について

①事業主の支配・管理下にあって業務に従事している場合

この場合、災害は被災従業員の業務としての行為や事業場の施設・設備の管理状況などが原因となって発生するものと考えられますので、他に業務上と認め難い事情がない限り、業務上と認められます。

※但し、業務上と認め難い特別な事情としては次のような場合などが考えられます。

  • 被災従業員が就業中に私用(私的行為)又はいたずら(恣意的行為)をしていて、その行為が原因となって災害が発生した場合
  • 従業員が故意に災害を発生させた場合
  • 従業員が個人的なうらみなどにより、第三者から暴行を受けて被災した場合
  • 地震、台風、火災などの天災地変に際して被災した場合

ただし、事業場の立地条件などにより、天災地変に際して災害を被りやすい業務上の事情がある場合には、業務起因性は認められる。

②事業主の支配・管理下にあるが業務に従事していない場合

事業場施設内にいる限り、事業主の施設管理下にありますが、休憩時間や就業前後は実際に仕事をしているわけではなく、私的行為なので、原則として業務起因性は認められない。

しかし、事業場の施設・設備や管理状況などがもとで発生した災害は業務起因性が認められる。

例えば、休憩時間に構内で休憩中トラックと接触して被災した場合など。

③事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合

出張などの事業場施設外で業務に従事している場合は事業主の管理下を離れているが、労働契約に基づき事業主の命令を受けて仕事をしているわけですから、途中で積極的な私的行為を行うなど特段の事情や、特に否定すべき事情がない限り、業務起因性は認められます。

 

具体的なケース

以下では、具体的に肯定例と否定例を紹介します。

肯定例

    1. ① 配達などの業務に従事していた者が商品配達のため会社に無断でオート三輪車を運転していた際に事故死したケース(東京地判昭32.5.6)
    2. ② タクシー運転手が無断時間外勤務中に事故により死亡したケース(東進交通事件 東京地判昭35.1.27)
    3. ③ 同僚のために弁当を買って戻る際に交通事故に遭ったケース(岐阜地判平20.2.14労判968号196頁)
    4. ④ 運転手が他の運転手の交通事故について救出作業をして、その後、事故車の復旧作業中に、後続車に追突され死亡したケース(北陸トラック運送事件 名古屋地判平20.9.16労判972号93頁)
    5. ⑤ 出張中の従業員が宿泊施設内で懇親会のため飲食によって酩酊して、宿泊施設の階段で転倒し死亡したケース(大分放送事件 福岡高判平5.4.28労判648号82頁)

 

否定例

  1. ① 上司の依頼により同僚の引越しの手伝いに行く途中に発生した事故のケース(横浜地判平7.12.21訟月42巻11号2769頁)
  2. ② ホテルの客室係が、退勤時間から1時間30分程度後、ホテル施設内の料理運搬リフトの通気孔内に転落して死亡したケース(宝塚グランドホテル事件 神戸地判昭58.12.19労判425号40頁)
  3. ③ 休憩時間中に酔って小用を足そうとして、仮停泊中の船から連絡したケース(東京地判平2.4.17)
  4. ④ 出張中に現場宿舎で寝泊まりしていた従業員が、同じ現場で働いていた他の従業員の送別会で飲酒し、宿舎に帰った後で行方不明になり、数日後近くの川で溺死していたケース(東芝エンジニアリング事件 東京地判平11.8.9労判767号22頁)
  5. ⑤ 大工が建築現場で就職依頼に来た男に侮辱的な言葉を浴びせたなとなどとして喧嘩になり、暴行を受けて死亡したケース(最一小判昭49.9.2民集28巻6号1135頁)

 

労働基準監督署へ請求

労災保険を利用するには、所定の様式に必要事項を記載して労働基準監督署に請求書を提出することが必要です。

請求書の中には、労災事故の事実関係を記載する欄があり、事業者がそれらの事実関係を証明するために署名押印をする欄があります。

署名押印した場合には、請求書上においては、記載されている事実関係について事業主として認めることになります

もちろん明らかに労災事故である場合で、被災従業員が労災保険の利用を希望しているのに、正当な理由なく事業者として証明しないことは問題があります。

しかし、業務災害であるのか疑わしい場合、例えば、被災従業員の故意による事故と疑われるような場合には、事業者証明することについて慎重になった方がよい場合もあります

ただし、事業主証明がなくても従業員は、労働基準監督署に請求書を提出することができます。

その場合、労働基準監督署は請求を受付けた上で、事業主証明をしなかった企業に証明拒否理由書を提出するよう求めてきます。

最終的に業務災害に該当するかどうかを決定するのは労働基準監督署になります。

したがって、事業主としては、証明拒否理由書を提出した上で、労働基準監督署の調査などには誠実に対応し、事業主としての見解を労働基準監督署に主張していくべきといえるでしょう。

重大な労働災害が発生した場合には、労災保険のみでは損害がカバーできないことがほとんどです。

したがって、被災従業員が企業の安全配慮義務違反を理由に、損害賠償請求される場合があります。

弊所では、労働問題を数多く取り扱う弁護士が在籍しておりますので、労働災害で従業員の方とトラブルになり、お困りの経営者の方は、お気軽にご相談ください。

 

 

まとめ

以上、労災保険について、使うことができるケースと使うことが難しいケースについて、実際の裁判例を用いて解説しました。

労災保険の対象となるか否かは微妙な場合が多く、専門家でなければ判断が難しいと思われます。

また、労災の申請においては、被害者である従業員と会社側の間において、争いになることが予想されます。

したがって、労災事故については、専門家に相談の上、慎重に進めていくことをおすすめいたします。

労災保険は、業務起因性と業務遂行性が認められ、業務災害であると認定されることで使うことができます。

 

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