年棒制の場合、残業代を支払う必要はあるか?【弁護士が解説】

執筆者
弁護士 鈴木啓太

弁護士法人デイライト法律事務所 パートナー弁護士

保有資格 / 弁護士


Q:年俸制にしていても残業代の支払いは必要でしょうか?また、残業代を支払う必要がある場合、ボーナス部分を割増賃金の算定基礎から除外することができますか?

A:年俸制であることをもって残業代の支払義務を免れることはできません。

 

Answer

年俸制であることをもって時間外労働等の割増賃金の支払い義務を免れることはできません。

また、年俸が確定している場合、ボーナス部分を割増賃金の算定基礎から除外することはできません。

 

問題の背景

年俸制とは、賃金の支払額を年単位で決める制度をいいます。

他の賃金の支払額の単位としては、時間単位の時給制、日単位の日給制、月単位の月給制があります。

さらに、月給制には、日給月給制、完全月給制、月給日給制があります。

年俸制は、元々はプロスポーツ選手等の報酬の支払形態の一種として見られるものでした。

その選手の前年の実績等を考慮して、1年間の報酬を交渉ないし話合いで決定するというものです。

ところが、近年、日本特有の雇用制度である年功序列から成果主義の考え方が広まり、一般企業でも、労働者の賃金に年俸制を採用するケースが増えています。

会社が労働者の前年の実績を評価して1年間の賃金を決めるようなケースです。

なお、一般の企業が年俸制を採用する場合、労働基準法が「賃金は毎月1回以上一定期日を定めて支払わなければならない」(24条2項)と規定しているため、年俸額を12か月で分割し、毎月支払われます。

また、年俸額を14ヶ月で分割し、2ヶ月分を賞与として支払うことも考えられます。

年俸制は、成果主義的性質を有するため、使用者としては、労働時間(量)に対してではなく、成果(質)に対して、定額の年俸(給与)を支払っていると認識していることが多くあります。

そこで、年俸制の労働者が時間外労働、休日労働、深夜労働(以下「時間外労働等」といいます。)を行った場合、使用者に対して、割増賃金の支払いを求め、紛争へと発展する場合があります。

 

 

年俸制と割増賃金

解説する弁護士年俸制の場合に割増賃金が発生しないというのは完全な誤解です。

年俸制とは、前記のとおり、賃金の額を年単位で決定するという意味しか持ちません。

年俸制の場合にも、労基法の時間外労働等の規定は適用されるので、労働した時間に応じて残業代を支払わなければなりません。

もっとも、年俸制が採用されているケースは、労働者の専門性が高い傾向にあります。 

そのため、管理監督者に該当したり、裁量労働制の要件を満たす場合には、時間外労働と休日労働についての割増賃金の支払い義務を免れることがありますが、これは年俸制の採否と直接的には関係ありません。 

雇用契約の際、年俸に時間外労働等の割増賃金を含むものとして契約を締結するケースもあります。

しかし、このような場合でも、固定残業代制が有効となる要件(通常の労働時間の賃金部分と割増賃金相当部分とが明確に区分されていることなど)を満たさなければ、時間外労働等の割増賃金を支払わなければなりません。

 

参考裁判例

面談のイメージ画像

年俸制社員の割増賃金が問題となった事案として、創栄コンサルタント事件(大阪地判平成14年5月17日労判828号14頁)があります。

この事案は、会社が3か月の試用期間後に正社員とするに際し、年俸制として、時間外労働割増賃金、諸手当、賞与を含め年俸300万円、毎月25万円を支給するとしていたケースです。

この事案で、裁判所は、「年俸制を採用することによって、直ちに時間外割増賃金等を当然支払わなくともよいということにはならないし、そもそも使用者と労働者との間に、基本給に時間外割増賃金等を含むとの合意があり、使用者が本来の基本給部分と時間外割増賃金等とを特に区別することなくこれらを一体として支払っていても、労働基準法37条の趣旨は、割増賃金の支払を確実に使用者に支払わせることによって超過労働を制限することにあるから、基本給に含まれる割増賃金部分が結果において法定の額を下回らない場合においては、これを同法に違反するとまでいうことはできないが、割増賃金部分が法定の額を下回っているか否かが具体的に後から計算によって確認できないような方法による賃金の支払方法は、同法同条に違反するものとして、無効と解するのが相当である。」と判示して、時間外割増賃金等の支払いを命じました。

この裁判例は、年俸額の中に割増賃金を含ませること自体は許容しています。

しかし、本件での賃金の支払方法は、本来の基本給部分と割増賃金の部分が区別されていないため、割増賃金の計算をすることができず、法定の割増賃金額が支払われているのかどうか確認できない支払方法となっていることから違法であると判断し、割増賃金の支払いを会社に命じています。

 

ビジネスマン高額の報酬を得ている自己管理型労働者についての事案として、モルガン・スタンレー・
ジャパン事件があります(東京地判平成17年10月19日労判905号5頁)。

この事案は、外資系金融機関においてプロフェッショナル社員として勤務していた労働者
が、割増賃金等を請求したケースです。

この事案では、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金相当部分とが明確に区分されてはい
ませんでした。

しかし、裁判所は、給与が月額約183万円で高額であること、勤務時間について何ら
制約を受けていないこと、労働者に交付されたオファーレターに所定時間労働に対して報
酬が支払われる記載がないこと、労働者が異議を述べてこなかったこと、外資系インベス
トメントバンクでは超過勤務手当が支払われないことが一般的であること等を指摘して、
労働者の請求を退けました。

この事案は、職種や給与が高額である点で特殊なケースなので、一般化して通常の年俸制
の事案に当てはめることは難しいでしょう。

 

 

年俸制とボーナスの関係

年俸制の場合に、ボーナスが時間外等の割増賃金の算定基礎から除外できるかが問題となります。

年単位の年俸が700万円の場合で、1ヶ月の支払いを50万円(50万円 × 12ヶ月 = 600万円)、残りの100万円を賞与として支給する場合に、算定基礎を600万円とするのか、700万円とするのかという問題です。

労働基準法及び労働基準法施行規則において、割増賃金の基礎から除外できるとされているものは下図のとおりです(労基法37条5項、労基則21条)。

除外賃金

手当てイメージ①家族手当

②通勤手当

③その他厚生労働省令で定める賃金

【厚生労働省令:労働基準法施行規則】

ィ 別居手当

ロ 子女教育手当

ハ 住宅手当

二 臨時に支払われた賃金

ホ 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金

ボーナスは、通常、上記ホの「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」に該当すると解されます。

しかし、確定年俸制の場合、1年間の賃金額が確定していて、その一部をボーナス月に多く配分するに過ぎません

このような場合、通常のボーナスとは異なるため、算定基礎賃金からの除外は認められません(昭和22年9月13日基発17号)。

したがって、上記の例では、700万円を算定基礎としなければなりません。

これに対して、年俸制でもボーナス(額は当初確定していない)に成果を反映させる調整型年俸の場合、算定基礎賃金からの除外が認められます

固定残業代の対策については、労働問題に詳しい専門家にご相談ください。

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